詩人:葉 彩薫
追憶は
淡く美しい
それはいつかは
消えてしまう
虹のよう…
十五才で知った恋
長く伸びた髪を
面倒くさそうにかき上げるクセのあるあなた
綺麗に色づき始めた桜の花びらを知った公園での待ち合わせ
夏のお祭りのあとの語らい
雪がボートを埋める程降っていた日のデート
まるで決まっているかのように結婚するのだと
お互いを見つめ合って来た仲だった
あなたのやさしさに
女の幸せを感じる
そんな日々だった…
追憶は
悲しく 冷たい
それは夜の波間に
ただよう小舟のよう…
政治家の長男で
祖父母や弟妹の上に立つあなた
五人兄弟の末子で
我が儘に自由に育った私
とても彼の妻の座は務まらないと親や兄弟は反対した
家は弟に任せるから
二人で暮らそうと
手をさしのべてくれたあなたの決意
情熱 愛情 それは
うれしい反面
苦しみでもあった…
追憶は
切なく儚い
それは夜空に散る
流れ星のよう…
せまい田舎での
噂話が広がるのは早い
古いしきたりのなかで
親を捨て家を省みない者は
卑怯者のレッテルを貼られ
白眼視される
彼にすがり生きるか
新しい道を選ぶべきか…
悩みに悩んだ末
ある年の春
仕事 家族 恋
すべてを捨てて故郷を去った
あなたに黙ってそっと…
追憶は
遠く懐かしい
それはふるさとの
山や川のよう…
時は流れて 私は
人の妻になり
二児の母親となった
彼も家庭を持ったと
風のたよりで知った
過ぎて行く年と共に
気持ちも環境も変わってしまったけれど
ふと返らぬ
遠い日の記憶 が
閉ざされた私の
胸の扉を叩く
儚い夢
振り返るとあまりにも
幼すぎた私達の恋
私の心のなかで
あなたとの愛の灯はもう消えてしまった
こうして小さな恋の芽は花を咲かすこともなく
つぼみのまま散ってしまった
いま…静かに
青春の日の出来事の糸をたぐり寄せながら
追憶にむせぶ
年老いた私が
ここにいる…