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[172491] ポークパイ・ハット

詩人:夕凪

 キャスケットしか
 被らない私が
 一つだけ持ってる
 ポークパイハット ‥

 あなたと歩いた
 高架下のショップで
 あなたが私の頭に
 ちょこんと乗せて
 似合うと笑って
 買ってくれたもの ‥

 破天荒なあなたは
 いつも皆から変り者と
 笑われていたけど

 それを楽しそうに
 受け入れるから
 不思議とあなたは
 人気者だった ‥

 一度だけあなたが
 連れていってくれた
 裏通りのジャズ・バー

 カラン、と扉を潜ると
 タバコの煙と
 お酒の匂いが充満する
 気だるく陽気な世界が
 そこにはあった ‥

 あなたはタバコも
 お酒も呑まない
 それでもこの空間が
 一番好きだと言って
 奥のソファーに座って
 鼻歌を歌っていた ‥

 最初緊張していた私も
 次第にその空間の
 自由な揺らぎに
 心地好さを覚えて
 気付けばあなたと同じ
 顔して笑っていた

 店を出る間際
 私の顔を覗き込んで
 にっこり笑うと
 あなたは言った

─ どこに居たって
  本当の自由は
  自分の中にある
  そういうものさ ─‥


 それから程なくして
 あなたは居なくなった 

 そのうち帰ってくるよ
 皆は気楽にそう笑った

 私は、何故だかもう
 あなたに逢えない
 そんな気がしていた ‥

 何年もの歳月が流れ
 相変わらずあなたは
 行方知れずのまま

 あの店もいつの間にか
 流行の音楽が流れる
 ガールズ・バーに
 変わっていた ‥


 ポークパイなんて
 私には似合わない ‥

 そう言って一度も
 被ることのなかった
 あなたからの
 たった一つの贈り物を
 何年か越しに初めて
 鏡の前で被ってみた ‥

 似合わないと思っていた
 その贈り物は
 驚くほど私に馴染んで
 そこに映る私は
 見た事のない表情で
 凛と立っていた ‥


 あなたに見えていた
 自由の全部は
 今もまだ見えないけれど

 ポークパイを被って
 今度また
 あの高架下を歩く私は
 今よりずっと
 自由を感じられる ‥
 そんな気がした ─‥。

2011/12/02 (Fri)
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