詩人:千波 一也
誘われるがままに満ちて
そこから浴槽は沈んでいった
ずぶ濡れている猫の目に
だれかが今夜もつきを呼ぶ
いっそ炎を浴びてしまえたら
それは
手遅れかも知れなくても
いっそ炎を迎えてしまえたら
つながれていた約束を
うつくしい刃物に感じた日
声はいつでも
てのひらを補うための
ぬくもりだった
それは
まぼろし、などではなく
語り継いでゆくことの
けなげなかすり傷
射られた弓矢は
二度とはじまってゆかない
伝説ならば、なおのこと
洗いたての髪は甘く香る
けれども色は深まるばかり
からだは
どこまで正確だろうか
すり減ってゆく石鹸を手に
送りのすべは見つからない
はるかな景色を絵画と知るだけ
銀貨の輝きは無限のさざなみ
名を持たぬまま
旅人たちが引かれ合うだろう
すべての窓がなくした夜に