詩人:はちざえもん
僕の魂は雨夜の軒下で佇んでいて、抜け殻となった体だけが生温い雫を全体に受けていた。
雨足は強まるばかりで、まるで遠慮というものを知らない。なにより月の見えない闇夜はすれ違う人々の表情も物憂げで、しとしとと絶え間ない雨音が僕の心を塞いだ。
「さて、何処へ行くのですか?」物憂げな人々は、足早に帰路を行くようにただ黙然と歩いてく。まるで何一つ見えていないようだ。
ふとした瞬間に迫る雨音で、僕の目は醒める。何か下らない夢を見たようだ。果たして軒下で佇む雨夜の魂になど、物憂げな人々が気付くはずがないではないか。
心を塞ぐその正体は、恐らく僕に下らない夢を見せた張本人。その廊下を軋ませ這い回る少女の呻き声が、僕には泣き声に聞こえてならなかった。
座敷に迫らんとする彼女の眼は、笑ったり泣いたり忙しそうである。今にも迫らんとするその形相・這いずりのわりには、長いこと同じ場所から動いていない。
始めのうちこそ気味悪く泣いたりもしたのだが、その内慣れてしまってどうという事もなくなってしまった。
彼女の方も張り合いがないのか、ルーティンワークの如く同じように笑い、同じように泣く。
新月の夜は物憂げな人々が白装束を真っ赤に燃やす日。もう何度繰り返した事だろう。そうやって炎に魅入られて、その内メソメソと泣き出すのだろう?
いい加減、彼女を異形と見るのを止めてあげたらいいじゃないか。そうすれば彼女も毎度、同じように泣き笑い事務作業のように繰り返すこともしなくてよくなり、晴れてその持ちたる形相で持って僕の眼前に迫れるだろうに。
物憂げな人々が声を枯らし終えた頃、僕も彼女も新月の夜空を仰ぎ、その内苦しそうに声を挙げながら、いつのまにかのうなってしまった。