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[174693] 後輩への手紙1

詩人:善田 真琴


日本語が美しいのは、日本人が美しい民族だからです。以下、極力簡潔に書きます。

南太平洋に浮かぶ島嶼国パラオは、第一次世界大戦後、国連の承認によって任された日本の信託統治領だった。

太平洋戦争が勃発し、戦局が日本に不利になった頃、パラオの島の一つペリリュー島に、米軍の襲来に備えて日本軍は陣地を構築した。その際、パラオ本島から、軍事徴用(強制連行ではない)でパラオ人が働きに来た。

熱帯の炎天下、汗水流して軍民共に働き、休憩時にはパラオの人達に日本兵が教えた歌を一緒に歌い、輪になって食事をするうちに連帯感が芽生えていた。

仕事が終わり、翌日には本島に帰るパラオの人達のために、細やかなお別れ会が開かれた。宴もたけなわ、パラオのリーダー格の1人が、おもむろに「我々もあなた方と一緒に米軍と闘わせて欲しい」と司令官に申し出た。すると、それまで上機嫌だった司令官の表情が、鬼の様な形相へと豹変し、「貴様は我が帝国陸軍を愚弄するつもりか!何で俺たちが、お前ら土人と共に戦わなければならないんだ?」と烈火の如く怒鳴りつけた。場の空気が凍り付き、宴会はお開きになった。パラオ人達は、「やっぱり、日本人も欧米人と同じで、内心では俺たちを見下していたんだ」と深く落胆した。

翌日、パラオ人たちを乗せた船がペリリュー島の岸辺を離れた。すると、砂浜に蟻の様に日本兵たちが群がり出てきた。その真ん中であの司令官が、白い歯を見せつつ何か叫びながら、千切れんばかりに手を振っていた。

「あの人達は、我々を巻き込みたくなかったんだ」とパラオの人達は、その時やっと気付いた。その後、米軍の陸海空、圧倒的な兵力によって日本軍の守備隊は壊滅、あの司令官以下ほぼ全員が玉砕した。


それから約半世紀余り。
既に独立国となっていたパラオ共和国で、島と島に橋を架ける事になり、競争入札で韓国企業が落札し、建設は完了した。しかし、その橋は間もなく崩落した。建設基準を満たせない程の廉価な落札価格のせいか、手抜き工事のせいかは不明だが、その韓国企業は、韓国国内でも過去に同じ様な橋梁の崩落事故を起こしていて、結局は倒産した。

しかし、その橋の代わりをODAの無償援助で建て直した国がある。その橋の袂のプレートには、こう記されているらしい。
「パラオと日本の友情の架け橋」

2012/03/05 (Mon)
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