詩人:ハト | [投票][編集] |
とうとうこの日が来てしまった
(必死で目指してきた、できれば来て欲しくなかった今日が、もう、ここに)
半ば絶望的な気分で
体を布団から起こす
(頭の中には音楽が、あのフレーズがエンドレスリピートしている。なんて苛々するの)
ふと空を見に行こうと思った
今日あるものを
今あるものを
見に行こうと思った
(初夏の朝は、いつも懐かしいにおいがする。モラトリアムの気だるいにおいが)
玄関を開け放ち
見上げた空は薄明るく
風がさらさらと心地好かった
(ああ、悼んでくれるのね、これからあたしが失なうものを。あたしが、失なうものを。)
きっと空をみる度に思い出す
今、この朝のことを
今日起こる事を
その時私は
何をしているだろう
きっと、きっと
今のあたしよりは
マシな人間だろう
どうか、どうか、
そうでありますように
(ああ、また陽が昇る。あの日と全く同じ朝日が、変わらず昇ってゆく。あの日の私よ、諦めなさい。私はあなたの事など忘れてしまう。きっと、きっと。)
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春の鳥が遠くで鳴いた
次来る春の
わたしはだあれ
書いては消し
描いては消し、を
繰り返す不毛
初めから出す気のない手紙
あの日踏み潰したホオズキの
くしゃりという音が
耳に残っている
副産物として生きている
付属物として生きている
それでも
私と言い張って生きている
何度目になるかも分からない
季節を見送り
繰り返す不毛
梅の花が咲きました
ウグイスさんは喜んで
ケキョ、ケキョ、ケキョ
ホーホケキョ
春の鳥が遠くで鳴いた
次来る春の
わたしはだあれ
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私は草原に揺れる草だった
だた風に吹かれ
同じほうへ流れる
そんな
草原に揺れる草だった
あなたは風に乗る舟だった
帆を張り舵を取り
向かい風を優雅に滑る
そんな
風に乗る舟だった
どっちの在り様が正しいか
どっちの在り様が美しいか
そんなことではなくて
それが私であり
それがあなただった
ただそれだけ
私がここに根付くことを選んだ
あなたがここから飛び立つことを選んだ
それだけのこと
私は草原に揺れる草だった
あなたは風に乗る舟だった
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時間が何かを施してくれることは有り得ない
自分の大切なものを守るのはいつでも自分自身で
自分の状況を変えることが出来るのも
自分自身しかない
時間が何かを施してくれることは有り得ない
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あの日のわたしが乗っていた
六両編成の電車とすれ違う
オレンジと緑のラインも鮮やかに
光を反射する銀色の
その電車の二両目に
わたしは好んで乗っていたのです
自分の好きなものも
好きと言えなくて
不甲斐ない自分を
もどかしいと思いながらも
どこか諦め始めていた
そんな四月の二両目でした
赤い車に乗っています
どの季節でも
見えないことのないように
季節ごとに見失う
生ものの感情
寧ろ生々しく
蘇るのは痛みなんかではないのです
愛や恋なんてものは苦手なのです
わたしがわたしではいられなくなる
つばめのツガイが飛んでゆきます
どうしてわたしは
わたしだけではいられないのでしょう
二両目に乗っていたのは
描いていた少女に近づきたかった
少女になりきれなかったわたし
菜の花畑を見てはしゃいでいる
彼女たちが恨めしかった
平行に走る
オレンジと緑のラインも鮮やかに
優しげな日差しを反射して
銀色に鈍く光る
六両編成の電車
春はいつでも
優しいのでしょうか
涙とともにやってくるのに
始まりはいつも春
終わるのもいつも春
自分の気持ちすら
あらわせないまま
一日、また、一日、と
消化する
春
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全てのものは
壊れてしまうことを
知っている私たちは
全てのことは
終わってしまうことを
知っている私たちは
そこに
愛しさと
悲しさと
美しさを
見い出して
ならばこそ
ならばこそと
持てる限りの
愛情を注ぎ
留めておきたいと
切望しながら
流れに佇んで
静かに見送るのです
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あまい、あまい
匂いを放つ
シロツメクサ
この国のみどりとしろ
五月は優しい
雨と陽射しを受けて
膨張する
みどり
いや、あれは、あお、か?
四ツ葉を自力で
見付けたことがないよ
群生するのをかき分けて
目を凝らしても
見付からない
普通のなかの
特別を
見付けたくて
仕方なかったんだ
この国の
みどりとしろ
あまい匂いを放つ
シロツメクサ
この中には
幸せがあるのだそうだ
花冠を編みながら
目は貪欲に
四ツ葉を探すよ
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ポリシーなどではないと
儚く笑う
緑成す黒髪のあなた
全てに身を浸すことを
好しとしない
あなたの孤高に
私は打ちのめされるのです
愛するものを知っているあなた
守るものを知っているあなた
あなたの様になりたいと
そう思う時点で
私はもう
あなたにはなれないのですけど
あなたが私に
傍にいることを許してくれるから
私は甘えて
また
あなた
という
確かな愛に
打ち震えるのです
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君は覚えているだろうか
あの夜の奇妙な高揚を
示し合わせた訳でもないのに
同じ場所に集まった少女の群れを
その中にいた私を
君は覚えているだろうか
みんなして
靴を空高く放り投げていた
願ったのは明日の空
雨が降ったら
せっかく練習した鼓笛も
紙で作った御輿も
すべて無駄になってしまうから
何度でも放り投げた
私は右の靴だった
明日の天気を願った
ちょうちんの薄明かりに
どれが誰の靴だか
わからなくなってしまって
それでも
私たちは喜んで
すぐそこにある星々を見下ろして
明日の天気を思った
君は覚えているだろうか
何度となく繰り返し歩いた
あの川沿いの砂利道を
君は知っているだろうか
片側の土手が
舗装されてしまったことを
町営のグラウンドの照明が眩しすぎて
星座が見えにくくなってしまったことを
君は覚えているだろうか
この季節
夜になるとやって来る
この高揚
私は今でもこの季節
夜になるとやって来る
この高揚に抗えずに
ふらふらとあの砂利道を歩きに行く
ちょうちんの道標に導かれて
あの日と同じ道を辿っている
同じでないものの方が
実は多いのだけれど
この夜の中でだけ
私はあの夜の少女に戻ることができ
もう少し行くとあのベンチで
示し合わせた訳でもないのに
君たちが待っていてくれるような
そんな高揚が
この胸に広がる
あの日と同じでない夜を感じながら
右の靴を投げてみる
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雨がたくさん降って
退屈しているきみを見るのは
それなりに楽しかったよ
今日は、なんてきれいな青空
きみは気付いたかな
いつもよりも緑が濃くなっていたことに
そんなものを見て
いろんな事を思い出す
「わたし」ってやつは
やっぱり、思い出で出来ているんだなぁ
なんて
わたしときみ
や
わたしを知る他の人がいて
わたしを思い出してくれる限り
わたしがわたしとして
ここにいることが出来るんだなぁ
と
きみの思い出の中に
わたしはあるんだよ
思い出の中で
わたしは生きているんだよ
わたしは思い出で出来ているんだよ
ああ、
なんて透きとおっているんだろう