詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
薔薇は
許されたかったのだろう
棘をまとって
なお、
許されたかったのだろう
それゆえ薔薇は
愛された
かつ、
おなじ分だけ
避けられた
薔薇には罪が
咲いている
ひとを寄せる罪と
ひとを遠ざける罪とが
咲いている
それを
こころは捨て置けないから
ひとの瞳は許されたがる
名前が
その身に
秘めるのは
いつしか忘れた
透明な傷
もう、
きわめて美しいことだから
だれも声には出さないけれど
罪は
まったく
なくならない
ほら、
もうじき開く
罪が咲く
ひと、という名で身を包む
まったく同じ罪の
傍ら
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根拠などいるはずもなく
信じてやまなかった方策は
がらがらと音を立てながら
崩れていった
そうして時々
ちまちまと臆病じみた蓄積に
冒険みたいな気配を
嗅いだ
形、は問答無用に重要で
それを築きあげることは
はなはだ尊い
したがって遊びは
恰好の捨て場を装いながらも
誰かの足を留めてやまない
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若葉はしらない
なんにも、しらない
ともすれば己が生きていることも
すっかり忘れて揺れている
瞳のあかるいひとや
髪の毛のうつくしいひとや
ことばに潤いの満ちるひとたちの
名前をいちいち若葉はしらない
永遠というものがあるならば
一枚の、一瞬のみどりが
必ず続いていくということ
おだやかに涙するひとも
いそいそと砕かれてゆくひとも
若葉はしらずに、ただ揺れている
■
若葉はしらない
ほんとに、しらない
うっかり枝から落ちたとしても
嘆きもふさぎもせずにいる
おそれる、という
心そのものや意義や足並みや
おそれと対峙することの諸々を
しらないことさえ、若葉はしらない
捨て去れなくなったものが
増えすぎてしまった
ひとの目に、指に
若葉はいつも懐かしく、清々しい
命の不思議と哀しみを
喜ぶように若葉は、ただ若葉である
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忘れたいがための
白砂に
手は、
わたくしの手は
ひかりを持て余すことだけに
精いっぱいでした
乱反射、のもたらす
甘くも厳しい
まやかしを
上手なことばで
見送れなくて
月がこだまする
昼、という名のもうひとつの夜があります
が、
それをにわかには信じられません
そうしてそれが
信じることの原動力となるのです
夢は叶う、と
傷つき続けるように
潮風が
哀しいくらいに
染み渡るのは
われわれ、
人間の器のせいに
他なりません
太陽でさえ
こらえきれずに
嫌われたりもするのですから
あした、
野原が乾いたのなら
みんなで涙を流しましょう
それが
律儀というものです
白砂みたいな
やわらかそうな一直線を
好むのならば、なお
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ひとは
潮の途中に
なにを聴くというのだろう
聴くという言葉は
はなはだ都合がよくて
かげかたちが整えば
それは素敵な
嘘になる
耳を聴く耳は
どこにあるだろうか
問うよりもまず
見えていないことが見えてしまっているのだと
勇気を風に
はなせばいいのに
満ち足りて、なお
満ち足りていきたくはないふりをする
赤子のような
ふしぎな
連鎖
それにあらがう
火がやさしいかぎり
海は
果てなく
海をひそめる
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固く
手と手を結び合って
地上へと落下していく
ダイビングみたいな
加速度で
八月は
僕らの肌を
隅の隅まで染みわたる
皮肉にも
僕らはさほど一途じゃないし
さほど薄情なわけでもないから
八月はいつも眩しくて
だからとりわけ
海風がなつかしくて
新鮮な
果実をよそおい
膨らんでいく
記憶と
においを
誘って僕らは
この世はかつて
さくらんぼだったかも知れない
無知で
無邪気な生命に
やさしくかじられる
さくらんぼだったかも知れない
もしかしたら
今もなお
そういうスタンスであるかも知れないけれど
果樹園に吹く風たちは
そういうことを
運んでこない
ときどき
砂漠でみる月が気になるけれど
それは必ず
アイスコーヒーもしくは
炭酸ソーダの
加護のもと
だからときどき
わるい冗談がいきすぎてしまう
すぐにも陽射しが
仲介するけれど
髪が揺れたり
トゲが刺さったりすることは
どれくらい不要なんだろう
欲望や
権利のたぐいは
どれくらい必要なんだろう
ため息みたいに夕焼けが
見守るともなく
見守られて
終わりへ向かう頃
僕らは
まったく反対の方角を夢にみながらも
まったく同じく
すり減って
いく
嘆くにはまだ早い
感じ入るのもまだ早い
なぜならここは
煩雑すぎる透明なキャンバスのうえ
僕らは全力で
整えなければならない
幻想ならば幻想らしく
戯曲であるなら
より戯曲らしく
僕らは
ともかく
まったく自由な
とらわれなのだから
いさぎよく
失敗を数えよう
何度も
何度も
企てて
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カラスアゲハの
遠慮がちな青みかたが
なんともいえず爽快だったから
ぼくは急いで
シャツを脱ぎ捨てた
もしかしたら肩甲骨あたりに
あるんじゃないかと思って
見落としてきた空への切符が
あるんじゃないかと思って
待っているんじゃないかと思って
遠慮がちに
爽やかに
だけれど
真夏の陽射しに明るいものは
いかにも生きものらしい
水の匂いだけで
ぼくは
なおさら
汗をこぼして
川沿いの
緑の向こうから
カメラのシャッター音が聞こえてくる
あれはたぶん
つばさを撮っているのだろう
無限のなかを過ぎていく
たった一度を
守っているのだろう
なんて哀しくて
それゆえ温かくて
自然とぼくは
笑い顔になる
涙がつたっても不思議のないような
笑い顔になる
寝転んだ芝生のうえで
ぼくは片腕をすうっと伸ばす
この腕が何百本
いや、何千本つながれば
空とかっちり結ばれるだろう
そんな夢の途中で
まどろむぼくは
空に釣られる青魚
まだまだ自由にとまどうくせに
自由を誇るうろこのひとつ
真夏が飲み込む空のもと
風に揺られて
ぼくは見ている
水面みたいな青の向こうを
ぼくは見ている
切ないくらいに小さな呼吸で
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まるで
夕立みたいな後悔のあとで
ぼくたちはまた
眠りへ向かう
汗と涙の共通点は
においのあるところで
においの流れ方だけがすこし違う
とても違う
虹がきれいに架かるとき
ぼくらは決まって潮騒のなか
遠かったり近かったり
全く同じ潮騒のなか
聞こえる言葉は稲妻みたいで
瞬きの間に溶けてしまう
それゆえ映画は
無くならない
まるで
凍土みたいな記憶をもって
ぼくたちはただ
夕焼けを見る
数えきれないほんとの嘘たちが
二度と苦しみませんように
傷みませんように、って
愚かなくらいに美しく
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その夕刻は
果てなく寂しい金色でした
誰か、
いや、何かに
からめとられたような拙さが
その時ばかりは輝いて
どんなに小さな約束ごとでも
あなたにやさしい髪飾りとなって
わたしは長く
見惚れていました
もう、
どこへも逃げられない花の名は
儚いからこそ残酷で
それゆえ甘く、芳醇で
「美しい」だなんて一言に
何度となく
咲いては散って
散っては咲いていくのでしょう
瞬きの間に
夜がしっかり満ちゆくように
海をめぐる水たちは
青く描かれることが多いけれど
あなたやわたしの
身をめぐる水たちは
どんな色に落ち着くべきなのでしょう
わからないほうが
幸せなこともあるけれど
わからな過ぎては失ってしまう、と
確たる根拠もなく信じて
はからずも疑いは
無限に続きます
だから
ほら、目を閉じて
今すぐに
なにごとも
あなたの命を
たやすく消したりしないから
ささやかな呼吸のひとつと思って
すこしだけ
ください
あなたに口づける
隙間をください
永遠の
かわりに
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ひとの
においの
消し去りかたは
夢を断つこと
きっぱり、
断つこと
けれどもそれが
叶わぬならば
甘えていなさい
ひとの
においに
その温もりに
まだ見ぬ
すべてのものごとを
ひとは呼びます
夢だ、と
呼びます
けれども信ずることなかれ
それらが
叶わぬものごと
と
ひとの
においは
けもののにおい
いのちに惑い
いのちに
すがる
だれにも裁けぬ
真摯な
におい
ゆめゆめ夢に
飲まれるなかれ
されど
うつつに
ひれ伏すなかれ
精一杯に、
精一杯にあらがってこそ
挑んでこその
好き好きで
あろう
語るものには
語らせておけ
それが
まったく
ひとの
においと
危ぶみながら