詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
花弁のような裸体になって
柔らかくも冷ややかな
草むらに横たわると
この黒髪は
匂いに濡れる
花咲く野辺には
見つかりがたい陰があって
花弁はいつか
そこへと落ちつく
(仲間だろうか
(我が身も仲間と思われて
(涙からがら触れたのだろうか
奇麗な肢体が欲しいというのに
言葉は甚だ無力であるから
絵画や彫塑の傍らで
ときどき笑みなど
浮かべてみせる
不快な湿度は
そうして覚えた
(重たいものをはね除けながら
(いつかは己も除けられて
(望むともなく縛られてゆく
(望むともなく重たくなって
花々の奥底に潜むものをうたうとき
命はその身をいだかれている
影の見つかりがたい確かなそれが
柱であることなど
薄皮たちには
わからない
身軽なものを見上げるまでは
わからない
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
鳥の巣を
憎らしく見つめた夕暮れに
山の向こうで落雷があったという
鳥の巣の
落下をねがった昼下がり
無人の家屋が荒らされたらしい
鳥の巣が
天敵に襲われるさまを夢想した夜
わたしは微熱に見舞われた
鳥の巣に
試しに小石など投げつけた朝
空には晴れ間が見えてきた
鳥の巣へ
親鳥がもどる夕暮れに
わたしは長々電話の途中
鳥の巣と
関係のない日のあれこれが
あちらこちらで雛となる
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
風のなかには
なんにもないのです
だから
吹き抜けていく言葉にも
なんら意味などないのです
おわかりならば
すべてやさしく奏でましょう
嘘も願いも涙のわけも
せめてやさしく奏でましょう
風を
まもれるものがあるとするなら
風のほかにはあり得ません
それがおそらく
風へのあこがれの源です
そうして風は
まもられるのです
風のなかには
なんにもないのです
だから
みんな言葉になるのです
孤独や希求や焦燥に
つかのま触れた
気になるのです
いけないことなど
どこにもひとつもありません
許されることや
迎えられることだって
ありません
信じるもなにも
季節はとうに風なのですから
一度
帰ってみては
いかがでしょうか
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
月のしずくは甘いので
虫を呼ぶのに都合がいい
月のしずくは甘すぎるので
虫は日ごとにおろかになって
それをついばむ
鳥が栄える
月のしずくは砕けても
きれいにさえずる鳥がいて
けものはそっと
涙を落とす
それも或いは月のしずくか
月のしずくの甘さのはてに
けものはけなげに棲みついて
虫のためにと花など
植えた
花は
夜な夜な
濃厚に空を吸いこんで
時々ふっと月を真似して
しずくを落とす
あまりにきれいな無音さが
羽もつものの背に乗って
やさしい光に
消えていく
誰のためでもない永遠が
続けばいい
鏡のような
しずくにはもう
おわかれをして
月のしずくは円いので
輪になるものには都合がいい
小さな小さな傷をこさえて
小さく小さくつながって
波と呼ばれる
ひとつになって
今夜も
月を呼んでいる
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
水の
こぼれ落ちる音が、すき
みずしらず、な
はずもないのに
わたしはまったく
かなしいさかな
・
水が
なくのを
聞いたことがない
そのくせ
わたしは過ぎて
いく
・
水も
わたしも
きれいが、いい
理由は
おのおの違っても
・
水を
わたしは
飲み干せない
飲み干せたなら
溺れない、
のに
・
水に
なれない
わたしはさかな
すべてを
言葉のせいにして
わたしはひたすら
守られたがる
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
泣いてもいいから
どうか
自分を傷つけないで
わからなくても
いいから
わかろうと
しなくてもいいから
どうか
しあわせに
すべてが見える日なんて
来ないかもしれないし
遠いだけかも
しれない
不確かな日々が
わたしたちを傷つけることは
多々あるけれど
確かなものごとに
傷つくことも多くある
だから
やめましょう
いたずらに
すり減るのは
終わりにしましょう
泣いてもいいから
どうか
しあわせに
あなただけに
生まれてくるものを
待っていて
必ず
えがおは順番
順番に
くる
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
さびれた町だけど、さ
コンビニ袋なんかを
シャリシャリいわせて
きみと歩いて、さ
きょうのことを
懐かしく思う日が
来るんだろうな、
って
真夏のくせに
夜はひんやりしてさ
数少ない街灯のくせに
1本1本のオレンジ色が
ほんと
薄くてさ
ほんとに
さびれた町なんだけど
きみが
いるからさ
良かったな、って
ほんとに
コンビニ袋の中身は
そりゃ安物だけど
ハーゲンダッツとか
缶コーヒーじゃない珈琲とか
ちょっとだけ
フンパツしてて
ま、
そんな贅沢を
分かち合いながら
おじさんと
おばさんに
なっていくのも
いいかも知れないね
あの頃は
苦労したな、なんて
言いながらさ
おれ、
汗っかきだから
手なんかつないだら
すぐにジメジメしちゃうんだけど
浜風が、さ
ちょうどよくて
きみは寒いっていうけど
ほんとにちょうどよくて
黙っていたら
シーンとしている感じも
ちょうどよくて
さびれた町だけど、さ
忘れられないって
そう思った
ほんとに
ささいなことだけど、さ
そういうものに
目が向かなくなったら
かなしいことだから
きみと渡った
ちっちゃな橋のこと
忘れたくないんだ
繁盛してない焼き肉屋も
怪しいネオンの居酒屋も
ふらりと寄ったラーメン屋も
充実してない本屋のことも
みんな
通りすがりのことだけど、さ
みんな
きみと見てきたことだから
ありがとう、って
またね、って
きみと
にぎる手に
少しだけ力を入れたりして
夜風のなかで
しょっぱく
なって
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
バス停は
しずかに濡れていて
時刻表には
ブレスの箇所が
しるされていて
そこにあるのは
文字ではなくて
数字でもなく
て
声は
とっくに
無力なのでした
何が
できるか
知れないけれど
見つめていたのは
てのひらで
望んでみたのは
晴れ間で
バス停に
触れることしか
できなく
て
干されたら、また
探しにきます
よく
わからない
ルーツに乗って
ケロリと
忘れて
アンブレラ
ら・ら
花の
陰から
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
砂を砕くと
きれいに光る
音も
飛散も
きれいに光る
いのちは
風
風は
かなた
かなたは
流れ
流れは
渇き
ほら、
行き着く先は
砂の底
きれいに
終わる
すべては
光
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
ええ、
確かに見ましたとも
それはそれは
物静かな横顔で
ついつい
見とれてしまうほどでしたから
間違いなど
ありません
あれは
確かに
月でした
ただ、
あれが
水の中だったのか
外だったのかと
訊かれると
わかりませんが
生憎、
こちらも
思案している途中でしたから
なにか、
思い出していたんじゃないでしょうか
そこらじゅう
水の匂いで
溢れていましたよ
いや、
今もですが
ええ、
間違いなく