詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
わたしの指が
風にふれる、と
ふたたびページが
繰られます
偶然に
呼び起こされるまで
目ざめることの
なかった物語
でも、
待つことを
つづけてくれた
約束たちに
わたしは
せめて
大人びて
ちいさく
ちいさく
恥じらうのです
あなたの瞳が
遠すぎるなにかを
探さなくても
すむように
ありったけの
言い訳を含んで
わたしは
こぼれる、
のです
雨も
陽射しも
味方しないけれど
敵対もしない
ならば、
平和に
まどろむ方法は
あまりに
たやすいと
思います
だから、
きっと、
終わってゆくことが
できますね
わたしたち
終わらせる、
のではなくて
美しい習わしとして
終わってゆくことが
できますね
わたしたち
あなたの指が
波にゆれる、と
ふたたびページは
とまります
気まぐれめいた
流星たちのように
あらたな呼吸が
古いことばを
呼ぶのです
なにものにも
渡らない
約束が、
また
生まれて
ゆくのです
細いところから
細いところへ
やさしい囲いの
記憶に乗って
かぎりの空も
かぎりの
海も
ひとの時計に
添うのです
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
今夜の雨は
いつもより遠い
気がしたのです
たぶん
わたしが降って
いたのでしょう
だれにも
干渉されまいと
狭いわたしが
いたのでしょう
他人はそれを
ときどき憐れみます
かつては
わたしも何度か
憐れみました
お互いさまとは
こういうこと
なのですね
合うも
合わぬも
いっときの
一滴、なのですね
ならば
明日の雨を
思案したところで
不毛というものです
せめてもの
お行儀よさで
わたしは今夜を
暮らしましょう
逃げつ
逃がしつ
夢でも語りましょう
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
どんなに痩せた
棒切れも
地に
突き立てれば
影をなす
どんなに痩せた
影だとしても
それは確かに
日を浴びて
それは確かに
時を告げ
どんなに痩せた
眼にも映る
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
車窓からみえた
数羽の白鳥
つめたい水に
ああしてきれいに
浮くまでに
どれほど
ためらったことだろう
どれほど
しつけられたことだろう
わたしの知らない習わしが
見慣れたつもりの
水辺に憩う
季節は
しずかに冬へと渡るけれど
この移行は
終わりなのだろうか
始まりなのだろうか
確実な
足跡が満ちてゆく
広い空の下でわたしは
こころもとなく
答を見出だそうとして
しずかに
置き去りになる
わずかに
葉を残した木々
土へと戻ることを
予告するかのような
草原のいろどり
すずやかに晴れわたり
ようやく思い知る
空の高さ
覚えることは
忘れてゆくこと
くじけることは
立ち直ること
うたがうことは
願うこと
すべて世界は
簡単なことのはずなのに
わかろうとして
わかろうとして
わからなく
なる
風の
むこうの
ささいな影が
なぜだか妙に懐かしいのは
風に
時間が
とけているから
消えるものなど
ありはしなくて
みんな
姿を変えるだけ
風に
姿を変えるだけ
車窓からみえた
数羽の白鳥
つめたい風に
ああしてきれいに
抱かれるまでに
どれほど
痛んできたのだろう
どれほど
癒されてきたのだろう
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
打ち上げられた
鯨みたいに
疑問符は
すべもなく
空の青さを映しだしている
怒号も慟哭も、祝福も
みな同じ音ならば
この
広い世界に満ちるものは
みな同じ水だと
断言してしまおう
金色に
いろづいた葉を灯すのは
やはり、金色の
日没
寂寥とは
あまりに完全な
美しさなのかも知れない
昔話が守るのは
うまれたばかりの
言葉たち
間を
取りすぎた樹木には
寄り添うことだけ
哀しく
叶う
満開めいた
まがいの桜が
口をそろえて
つぼみをうたう頃
鏡は
見知らぬ鏡に
その身を映しだされるだろう
波音の立たない
無限にしろい
海原に
何千年、何万年の
形をもたぬ
形が憩う
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
片腕を
持たないことを
嘆くすべなど
持たない
ことが
彼ら
彼女らの
片腕なのだろう
彼ら
彼女らは
作り手ではないけれど
それがゆえに知る
作り手の姿が
ある
両目の
細い軌跡が覚えた輪郭は
彼ら
彼女らの
彫像ではあるまいか
語る言葉も
語らぬ言葉も
風へと還る刃に過ぎない
表立つ刃も
表立たぬ刃も
風へと還る無言に過ぎない
台座に寄り添う題名に
目を落とす形を
台座の主は
確かに
見て
いる
自らの手で
掘り削るすべはなくとも
その
置き換わるもののない
刹那の対峙の鋭さを
彼ら
彼女らは
見ている
唯一無二の
技法をもって
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
こわれる為に
交わした約束が
あるとするならば
それは
しずかに
花の名のなかに
忍ばせておきましょう
生きものはみな
根を持ちます
水を吸い上げて
空にこがれて
水を吸い上げて
時にこぼれて
いのいちばんに欲するものが
水であることに
変わりはなくて
もしも
こわれる音が響いたら
ささいな水の戯れと
お受けとめ下さい
あなたの爪の氾濫を
聞くとはなしに
聞きながら
うまれる為に
交わした約束が
あるとするならば
それは
しずかに
器の絵柄として
なじませましょう
忘れてしまうのが
花ならば
覚えておきたいものも
花なのでしょう
置換可能な内外の
器に手をふれ
ふれられて
めまぐるしく鮮やかな
約束です
みな
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
かわいい鳥を囲うため
さくさく柵を
取付けて
だいじな獣を囲うため
さくさく柵を
取付けて
ときどき
強度が気になって
ときどき錆が気になって
色や模様も
気になって
さくさく柵を
お手入れしては
鳥や獣の目に囲われる
それでも人は
主従の構図を信じ込み
柵の手入れを
怠らない
利口な柵に
気がつかない
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
しずかに、
嘘へと
そっと染みたいのなら
おしずかに、
優しさは
まもられるもの、です
まもらなければ
すぐにも途絶える
希少な形なのです
傷の起源、とも
呼べますが
迎えるものは
手のひらの柔らかさ
事もなげに、
能動を譲る受け身の形が
濡れるのです
しずかに、
その手に余るものを
軽くよごれと名付けたいならば
おしずかに、