詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
冷めたグラスなら
白く、くもる
すこしの間
わたしの吐息で
すこしの間
白く
くもる
そこで
あなたを呼んで
みた
そこにはいない
いるはずも
ない
あなたの名前を
呼んでみた
グラスのなかに
わたしの吐息と
あなたの名前が
ひとつになって
いるみたい
だけど
白いくもりが消えたなら
なかったことに
なる
はじめから
なかったことだけど
もう、
どうしようもないくらい
なかったことに
なる
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
空を飛べない魚たちは
それを嘆くのかね
空を飛べない魚たちは
そもそもそれを
知るのかね
欲するのかね
空を飛べない魚たちは
空を飛べないのだろうかね
本当に
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
如月草をご存知ですか
たとえばそれは
荒野をわたる風のなか
ささやかに
桃いろに
揺られています
如月草をご存知ですか
たとえばそれは
星座をたどる指のさき
あやふやに
紫いろに
染められています
まだまだ遠い春なれど
まだまだ灯せる言葉があるなら
そろそろ
眠りはほころびます
だれかの背をつたい
だれかの肩をつたい
だれかの髪をつたい
静かな包みは
静かに
静かに
ほどかれゆくことでしょう
如月草をご存知ですか
たとえばそれは
名もない駅のかたわらで
したたかに
銀色に
呼ばれています
たとえばそれは
疲れた瞳の水ぎわで
かたくなに
紺色に
潤わされています
老いも若きも男も女も
丸みも堅さも炎も氷も
みんな
ちがっているから
一様に
みんな
少しもちがわない
如月草をご存知ですか
よくよく
希望とまちがえられて
よくよく
祈りとまちがえられて
よくよく
懐古とまちがえられて
けれど
そんなまちがいの一つ一つに
きちんとお辞儀をしてくれる
それゆえ
誤りはなおさら募るばかりでも
季節がめぐれば
約束ごとのように匂いたつのです
一斉に
なおかつ静粛に
微笑まずにはいられない
むずかしさを
やさしく
従えて
はぐらかすつもりなど
微塵もはらまずに
手ほどきをする素振りなど
あまるほど漂わせて
だれの窓にも
だれの吐息にも
いつしか
そっと
根を張るのです
如月草をご存知ですか
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
わたしを生んだ
女をわたしは知らない
影も匂いも
どんな音を発するのかも
なにひとつ知らない
わたしを抱いて
わたしを褒めて
わたしを叱って
わたしを守って
わたしを
ここまで
育ててくれたのは
わたしの母だ
この世にただひとりの
わたしの母親だ
わたしを捨てた
女のことをおもうとき
わたしの母は
どんな気持ちで
わたしを子どもにしたのだろう、と
少しだけ寂しくなる
古いアルバムを
開けば
素直な笑顔と
素直な反抗と
素直な恥ずかしさと
素直なはしゃぎが
ならんでいる
なんと幸せな
家庭で育ったのだろうと
こころからおもう
わたしの戸籍を取ると
養母という言葉が
痛々しく
印字されていて
まったく覚えのない女の名前も
堂々と
印字されている
雪と月と花と
めぐりくるものたちは
母から教わった
雪と月と花と
うつくしいものたちの
おもてと裏とは
母から
巣立って
いつしか覚えた
けれど
雪、月、花、
たいせつな何かを
数え忘れている気がする
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
あてもなく夜空をさすと
ぼくはきまって
指をしまい忘れるから
わらっていたね
きみは
わらっていたね
続くのだと思った
ぼくらは
ずっと許されて
永遠が
見えるのだと思った
高台からの眺めは
きれいだね
きっと
手が届かないから
きれいなんだね
だから
ぼくたちも
きれい、だよね
きれいなままでいるよね
きっと
ぼくには
もう出来ないことだけど
叶えたい夢が
あるんだ
ぼくには
描かずにいられない
星たちがあるんだ
それがたとえ
わからないきみでも
もしかしたら
叶えているかも知れない
きみでも
もう
確かめようもない
ぼくだから
夜空をさすよ
だまって
さすよ
そこからも
見えていたらいいな
すくわれようとして
のぼり急ぐ
尾の
ひとつでも
すくいようのない訳じゃない
尾のひとつひとつたち、
を
見つけてくれたらいいな
悲しくなんかないから
ぼくは
悔やんでなんかないから
つらくなんかないから
大丈夫
だから、かな
きみには
泣いてほしくないんだ
それだけは
守っていてほしいんだ
流れていくよ
もうじき
めぐり続ける息吹が
翼に
木々に
水面に
石くれに
いのりを託して
託されて
つらなってゆくよ
ああ
とおい夜空だね
こんなにも
とおい夜空だったんだね
こんなふうなら
ぼくは
安心して帰れるよ
むかえてくれる
おおきな波のなかへ
安心して
帰ってゆけるよ
ありがとう、って
ただ
ありがとう、って
やさしさと
重みとが
通過をはじめるよ
ほら、
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約束、という言葉は
なにも運ばない
それを知りながら僕は
風になろうと
している
この手に負える
ちいさな結末だけを
連れて
都合のいい語りを
選ぼうとしている
ごめんね、涙たち
もう
昇ってお行き
最低な翼を
見限って
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その果実には色がある
制約のもと
つかのま限りの色がある
その果実には形がある
どの角度でも
どの経過でも
思いのほかに柔軟な形がある
その果実には香りがある
己の性の欲望そのままに
香りがある
言い逃れの一切通じない香りがある
その果実には味わいがある
残忍で
卑怯で
不躾で
我儘な
耽美一色の味わいがある
その果実には名前がある
本当はどこにもない筈の
名前がある
なしえない所有を夢見るための
名前がある
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
心が折れたら
折っちゃいましょう、
もう一本
角度のちがいで
見方がかわれば
あらたな味方の参上!かもよ
ま、そうはならなくても
挫折やら壁やらが増えたらさ
いまの、
お前さんの心を折ったらしい
そいつを、
全力でなんか構えないよね
そいつばかりに
構ってられないね
いまのままでは
到底かなわない相手なんだから
ひとまわりも
ふたまわりも
己を研かなきゃ、無理よ
心が折れたら
チャンス!とばかりに
折っちゃいましょう
一本、といわず
もう二本
もう三本
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あの火をみて
もう
なにもかもが一つになって
燃えているような
あの火をみて
綺麗でしょう
あかるいでしょう
力強く、あるでしょう
だけれど
消さなきゃならないのが
火だからね
そう思うと淋しいね
だからいまのうち
あの火をみて
こころに移るように
称えるこころで
自分ばかりが可愛い
わたしもあなたも
それをつかの間
忘れられたね
ありがとう、歓喜たち
ありがとう、落胆たち
ありがとう、希望たち
みんな英雄だったね
一人ずつ、
英雄だったね
あの火をみて
もう
なにもかもが一つになって
寄り添っているよ
なにも分けずに
あたたかだよ
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光のどかな
朝の軒下に
あいさつ日和が訪ねくる
つがいの雀のたわむれも
いたずら烏のお散歩も
汽笛も煙も
風花も氷柱も
みな
やわらかな一見さん
ごきげんよう
もいちど元気に
まみえましょうね
手短な約束を交わしたら
一日の過密さが
ほどかれてゆく
軽やかに
ほどかれてゆく