詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
いつかわたしも
潮風になる
いいえ、
それよりもっと目立たない
砂の声かもしれません
潮風が
きびしいながらも心地よいのは
おそらくそんな
匂いのせい
わたし、
むかしは雲になりたかった
そしてときどき
星を夢見た
もう何もかも
遠くへいってしまったけれど
うらぎり未満の
なつかしい
傷あとは
潮風のなかあらわれる
かなしみだけでは生きられない
よろこびだけでも
生きられない
この
めぐまれ過ぎた不都合を
声なきことばに
聴いている
いつかわたしも
潮風になる
けれどまだ
何かにそっと
おびえてみせる
潮風の
なか
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
つまずきなさい、
何度でも
ほんとの意味のつまずきに
出会うときまで
何度でも
傷つきなさい、
何度でも
深手のつもり、で
いられるうちに
癒しのすべが
あるうちに
ごまかしなさい、
何度でも
逃げみちたちが明るいうちに
夕暮れがまだ
来ぬうちに
逆らいなさい、
何度でも
自分自身のさびしさが
寄り添うときまで
語りだすまで
つまずきなさい、
何度でも
いつか
ひとり、は
ひとりの時間、は幻になる
かよわく済まされる定義のもとで
かよわく生きられるうちに
つまずきなさい、
何度でも
繰り返しなさい、
生きていることを
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
ことばのつるぎに
触れるとき
死にはしない、という
あたらしい嘘が
また増える
こごえる者には
火を着せよ
暑がる者には
水を撃て
やさしいはずの真心の
墓標をだれか
よく見たか
ひとを
殺めるものは、つるぎ
たとえその手が
直接だれをも殺めなくても
語ることばを持つ者は
つるぎを遠く
離れない
よろこぶ声には
火を放て
かなしい声は
水底へ
ことばのつるぎに触れるとき
さばきの音は
こぼれゆく
しなやかに
満ちあふれて、
しなやかに
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
カレンダーをめくると
またひとつ昨日がふえる
そうして明日が
ひとつ減る
わたしに数えられる
昨日と明日には
限りがある
なぜならわたしは
消えていくから
この
生まれもった運命を
ひとは互いに教え合う
見送りながら
見届けながら
ひとは
わかれの数だけかなしみを抱き
そのかなしみが
大きくなり過ぎた頃に
そっと、しずかに消えていく
カレンダーをめくると
みえない毒が指先につく
それはけっして
避けるべきものでも
避けられるべきものでもないから
積もりつもって
わからなくなる
蠍座の夜は
ほんの少しだけ、こわい
うつくしいものたちが
嘘をついてみせる
から
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
十一月の夕風は
冷めかけたわたしの
うわべを
そっと
盗み聞きしていく
恥ずかしいやら
悔しいやらで
わたしは
思わず
追いかける
標的は
追いかける、という
こころの源泉
なので
身震いとともに
ゆったりと
わたしは追いかけ
歩きつづける
寒い季節には
寒々しいことばが
はやされつつも
ねがいの域を
出ないもの
吐息がそれを
物語る
ほんとの冬は火のなかで
だれかの嘘を
待っている
ぱちぱち
ぱち
と
喜んで
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
ひらがな階段をのぼる子は
おとな、がそっと
支えましょう
大きな人、では
なんだかつぶれてしまいそう
それに
大きな人、など
めったにいらっしゃらないと
思われますので
おとな、がひとり
いてください
ひらがな階段をおりる子は
おとな、がそっと
待ちましょう
時刻はとき、です
時間もとき、です
ときには
どちらも
誤りですが
よのなか案外
そういうものです
おとな、はそっと
待ちましょう
気まぐれ風な
思案にのって
ひらがな階段は
とうの昔のものでもあるし
あしたのものとも
いえましょう
おぼえたばかりの忘れもの
そういうものだと
いえましょう
くすり、とわらえば
わかるでしょうか
おとな、は
くすり、が
好きですものね
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降りはじめた
雨に
傘をさすことにも
傘をささないことにも
正誤はないよね
どちらもきっと
雨だから
雨に
なるから
つちに濡れたほこりも
ほこりに濡れた
つちも
同じにおいの
雨だよね
ねえ、レイン
ぼくは
ときどき
不安になるけど
不安もときどき
ぼくになる
きみは
そういうことを
言いたいんだろ
それとも
聞いていたいのか
ねえ、レイン
降りやみそうな
雨に
わかれをいうのも
わかれを惜しむのも
明暗はないよね
どちらも雨に
ちがいないから
雨に
なるから
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
咲いてゆく音が
きこえます
川が
はじめて山をなすこころ、
そういうものが
乱れていきます
置いていかれることも
置いていくことも
じつは
まったく
同じこと
ほら、
よぞらの星はきれいでしょう
遠いでしょう
かばい合う布として
まっとうできる約束は
枯れないこと、
です
わずかな意味にも
枯れないことです
たとえ途切れてしまっても
ひとは絶えずに
棲むでしょう
やみのそこ、
もっともきれいな
ながれのなかで
その身をあらい
かがやくでしょう
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
ふたりは、
まだまだ遠い
互いの肌をすべるとき
温度がちがう、と
わかるから
のぼりつめて、
のぼりつめて、
この
からだをつつむ
きみにもたれる
ああ、
やっぱりそこは
そこなんだね
そこだったんだね
わすれ上手な水が
のこしたものは
ふたりの呼吸
なつの匂い
ねえ、
窓のくもりに
なにを書こうか
やがては逃げてしまうけど
いつかはわすれて
しまうけど
霧のよる、
ふたりは何度も
水になる
確かめあって、
ことばに
なって、
めぐりめぐって
またもとめあう
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なにもない夜に
孤独はうまれない
たぶん、
そうでもしなければ
孤独になってしまう、と
ひとはあわてて
うむのだろう
負けじと
ひとり、闘うのだろう
なにもない夜に
なくせるものなどない
はじめから、
夜にかぎらず
はじめから、
てのなかにあるものは
てのなかへ渡そうとする
ことばの熱だ
かたちのないものを
あまりにもかたちにし過ぎて
ひとは自由をなくすのだろう
はじめから、
存在していないだろうものから
のがれるすべを
なくすのだろう
なにもない夜に
おぼれてしまえばきりがない
なにもないのだから、
おそらく、
必要不可欠なものとして
なにもないのだから、
ひとは
ひたすらみちを行く
なにもない夜に
なにもない夜を
動力として