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千波 一也の部屋  〜 新着順表示 〜


[613] 少しだけ歩き疲れたら
詩人:千波 一也 [投票][編集]


ベンチに腰を下ろしたら

まるで恋人みたいな気分になって

不思議



人の通りの薄い時刻

けれども人がいない訳ではなくて


噴水を挟んだ向こうのベンチには

しっかりと

恋人たちが腰を下ろしているのだし

ついでに言うなら

お隣にも

しっかりと、ね




ぼくたちはキスをするし

どこに

どんなホクロがあるのかさえも

知っているのだけど

なんだろうね

恋人っていう想いをあらためて手にすると

くすぐったい心地がするね



言葉にはいのちが宿るという話

あれは

そんなに疑わしいものではないかも知れない



風向きひとつで

噴水の飛沫はこちらへ来るから

きみは

少し冷えたと言う

ぼくは

少しだけ素直に

その手を温めてあげたりした


もともと暑がりのぼくだから

そんなときは

丁度いいな、って

思うんだ

思うだけで

あんまり伝えないのが

ぼくの悪いところなのかも知れないけれど

そんなふうに思ったりもするんだ




風向きひとつで

噴水の飛沫は

あちらこちらへ

でも、

まんざらでもない様子だね




きみも優しい顔をしていることだし

もうしばらく

ここに

腰を下ろして

いようかな



ね。


2006/09/09 (Sat)

[612] 地下水脈
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ごらん 

あれは

眠りの間際の窓辺たち

ごらん 

あれは

烏賊を釣る船の漁り火

人々の暮らしは在り続けていてくれる


汗をにじませながら

涙をうるませながら

人々の暮らしは在り続けていてくれる



夜景に息づく光の粒には宝石のかがやき



やさしい血潮と

たしかな血潮の

あたたかな気配のその向こうに

光を守る両手がみえる


暮らしは続いているのだ

ボロボロの生地になったとしても

磨くことを休みはしないのだ



彼方からは

ゆっくりと汐の香が

波間の無限を

教えてくれている



山頂からのぞむものは由緒正しき地下水脈


一つ一つの軒先に

一つ一つの道端に

流れをやまぬ水が灯っているのだ



枯渇、などと

軽々しく口に出してはいけないね

「潤いをありがとう」



視界の片隅で

ロープウェイが往復を繰り返す


この井戸は

たくさんの乾きを

癒し続けてゆくのだろう


人々の暮らしの在る限り



人々の暮らしの

在る限り


2006/09/09 (Sat)

[611] みのりごと
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まなこ に にちりん

もろて に こがらし


つち の かんむり しろ こだち 



かぐわし みつ むし

たわわ の やま つき    


かぜ の ふところ にじ あやめ



てん しゃらら 



まどろむ うしお 

くも の いと



うたげ かがり び

まう おうぎ



きみ やむ なかれ 

あたら みち


きみ やむ なかれ

み を つくし



なぎ は とこよ に

はた さらさ


なぎ は とこよ に

こがね の ほ


2006/09/09 (Sat)

[610] 逆光の丘
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その階段は

まぎれもなく階段であった


手入れの行き届いた草木と

光を反射する白の像

そこは

入り口にも満たなかったのだ

まぎれもない階段の途中

この両目は 

風の遊びだけに誘われて

入り口は

沈黙していた



修道院は

その広さを 

慎ましく囁いており

旧き建造物でありながら

新天地へ続くまばゆさを

しずかに絶やさずにいた


猛暑のしたで

すべての窓は閉じられており

敬虔なる空気へと寄せる想いは

尚更に

美化されてゆく

うっすらと汗を匂わせる私なのだから

それは至極当然のこと



映画の場面が数枚、脳裏をかすめた


はっきりとは見えなくて

のどが強く 渇く

欲求も程々にせねば、唯みにくい



下りの階段の足音に息づくものは

気の毒なほど鈍い影 

軽い影




恋人とつなぐ手の反対にはビニール袋

敢えていうなら白、の

その中身は

甘い甘い砂糖菓子


修道女たちの手作りらしい



2006/09/09 (Sat)

[609] 発泡の夏
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久しぶりに自転車をこいだ


思いのほか重くって 

にわかに

ふくらはぎが注意報

堪え 

堪えて 

焼鳥屋を目指す 

男ふたり



「とりあえずビール」とおまえは言って

とりあえず なんて

ビールに失礼だろ



思いつつ

ビールが飲めないオレは

ライム・ハイ



連絡が密な訳じゃないのに 

近況はすぐに

浸透してゆく

三日ぶりだったっけ、と 

少し酔う



制服だった頃と 

制服を脱いでまもない頃と

眩し過ぎる日々は

しっかり肌を灼いていたらしい



ジョッキに広がる不可視の青空

ほの暗い照明が

小粋だった



会計を済ませて店の前

「これって酒気帯びだよな」と

サドルにまたがる

胃は重くても

ニヤっと笑えば 

軽くなる



「しっかりこげよ」って偉そうなおまえ

「らくしょうだね」って偉そうなオレ



足とこころとをぎゅっと捕まえた 

幾度目かの夏



久しぶりに自転車をこいだ

爽快だった



2006/09/09 (Sat)

[608] 献花
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さくら かんざし

あかねの 鼻緒

ねむりの いわおに 

腰かけ

仰ぐ 


ちり ち り りん

金魚の尾ひれが 

風鈴を蹴る

ちり ち り りん

黄色の帯と 

左手 

うちわ



嗚呼、ごらん

濃紺の天辺に白糸が染み渡ってゆく



だいだい 

もえぎ  

あお孕む、朱


浴衣の うなじに けなげな上気

愛でることばの 

ひとつ ふたつが

ほろほろ 散りゆく 灯りを彩る



納涼の宵 

盆のさかずき 笛 神楽

納涼の宵

さやかなる川 走馬燈



彼岸に あげは が さらりと溶けた


焦げの けむりは 船出の薫り

銀河の巡りは 

かくも鮮やか



いちるの涙の流れに乗って 天へと昇るすべてのものへ

しずかのうみの 

その凪 

祈り



大輪の菊 

いちりん

捧ぐ



2006/09/09 (Sat)

[607] 磯辺の遊び
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せっかくのスカートが、なんて

君は

ふくれた顔で

片手にサンダル

フナムシもフジツボも知らない

君は

おびえた顔で

片手にサンダル



ここは 

たまたまの国道沿い

誘われるままに

車を停めた

穏やかな磯



そろそろ機嫌を直してさ 

岩に腰かけてごらんよ

大丈夫

磯辺に棲むものは 

みな 優しい

ちゃぷんと

水音を立てれば

みな こそこそと逃げだしてゆく



大丈夫

君を迎えるものは 

ひんやりくすぐる潮と風だけ



ヒトデも

カニも

イソギンチャクも

みな こうして生きているのさ

磯辺に棲むものは 

みな 優しい



あ、

向こうで 貝が動いたね

ヤドカリかも知れない 

捕まえてきてあげようか




うなずく君の瞳には 

すずやかな





だから

僕は

ちゃぷちゃぷ 

ちゃぷ

ちゃぷ 

鼻歌まじり



そうして

ヤドカリ

は 

こそ

こそ






2006/09/09 (Sat)

[606] 硝子工房
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むらさきいろの透明グラスは

この指に

繊細な重みを

そっと教えており

うさぎのかたちの水色細工は

ちらり、と微笑み 

おやすみのふり



壁一面には

ランプの群れがお花のかたち

あの狭い部屋のなかでも

こんなふうに育つだろうか、と

腕を組む



フロアに匂うキャンドルの灯りは

しずかに

したたかに

この足を地上から浮き立たせて

「もうしばし」と

ときを盗んで 

たしかに燃やす



頬と 

髪と 

瞳と

なにいろにも染まり馴染んで

胸と 

耳と 

声と

かるくするどく

溶けてゆく



運河を渡る 風 一陣



人波の

おだやかな紅潮が

もうじき夕陽と

ぴたり

重なる



2006/09/09 (Sat)

[605] ガードレールで夢を見た
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排気ガスの向こうに

こころだけを投げ出せば

いつだって僕は風になれる

鳥にだってなれる



部屋に戻れば

やわらかい布団とあたたかなシャワー


守りが約束されているのなら

夢には

限りがないね



だから

今日も

加速の音だけを聴いている



ガードレールで夢を見た



束の間だけ

守りを忘れてしまうことが出来るから

都合良く

忘れてしまうことが出来るから


もっともらしく夢を見た




2006/09/09 (Sat)

[604] 思い出せる涙は
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思い出せる涙は

すべて

私のせいであるが故


思い出せる涙は

なんとか上手く 

こころに

収まる




思い出せぬ涙は

だれのせいであったか

どんな色であったのか


そもそも

流れた事実が 

確かであったかどうか



私は身を温める術だけに長けてゆく




思い出せる涙は

すべて

そう、すべて



思い出せる涙は

すべて

私のせいであるが故


2006/09/09 (Sat)
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