詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
轟音に
おびえるばかりの私には
列車そのものの
揺れになど
考えの
およぶ筈もなく
可憐な花、
それも一輪の花、
そんな風景ばかりに
こころを砕いて
いた
眺める窓もない箱の外には
ときどき寂しい野原が過ぎて
箱の中身の室内と
調和する、
ときどき
鍵の機能が
金属に似合うわけを
私はそうして
遠巻きに嗅ぐ、
ときどき
掌の中になど
時刻表は、ない
それはもう少し疎遠で
さりげない近しさで
背中あたりに
あると思う
たぶん
時刻表には
形がないのに
形にこだわる愚かさが
気配だけを、ただ
羅列したから
きょうも
誰かが
遅れを気にしたり
優越したりして
背中の翼を
失って
いく
間に合うだろうか、と
問われたならば
どう答えても
結果は同じ
問うた本人が
私でないのなら
いかなる信念で答えても
いかなる根拠で答えても
いかなる情愛で答えても
間に合うものは
間に合うのだし
間に合わないものは
間に合わないのだと思う
轟音の
余韻の中を
貨物列車の最後尾が
木立の向こうに
透過していく、
いま
私に
残していけるのは
万人に向かない
道しるべ
正解だとか
過ちだとかを
促すためではなく、
ここにいたことを
ここで案じたことを告げるための
道しるべ
まだ知らない
駅の名は幾らでもある
知る駅のほうが圧倒的に
すくない
それは
なんと幸福なことだろう
まだ
出会わない
温もりや優しさが
先で待つかも知れないならば
なんと幸福なことだろう