詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
受けとめきれない言葉が在るのは
なんら不思議ではなく
すべての言葉を受けとめきれるつもりで
自らを削ぎ落としてしまう行為こそが
とても不思議で ただ哀しい
それなのに
まったく等しい哀しみを 図らずわたしはくり返す
(前述に隠れた虚偽を あなたはどこまで許せるだろうか
包丁という物をひとの柔肌に当てるとき
それはたいそう恐ろしく煌めくが
若菜をかるく刻むのも 背骨をやさしく除くのも
鋭利な刃物の所業であるから
時々おもう
鋭利な言葉もおそらくは 必要とされる光だと
(鋭利な刃を 自分に向けたことがある
(誰かに向けたこともある
(そして誰かに向けた刃は必ず自分に舞い戻る
(鋭利な物にすがる手を刃はよくよく知っている
(いつかは果てるこころも命も
(刃はよくよく見透かしている
ことほぎたいのは嘘ではない
ことほげないのも嘘ではない
ならば いかにして守れるだろうか
ほんとのことを ほんとの嘘を
嘘のほんとを
(この国の利点は 風をいくつも覚えられること
(そしてわたしの学びなど
(あなたのなかで幾つでも死んでしまうということ
(幾つでも生まれ変わるということ
叙事詩について あこがれたのはいつだったろう
涙のなかに月をみた時
空飛ぶものたちの雪にふれた時
穢れるものに波を聴いた時
時間は深い罠だと気がついた時
(すぐにでも窒息できるのに
(なぜだか人はそれがためには名を用いない
(おのれの名だけは用いない
指輪は 巧妙な形状をして
もろさが取り柄のような直線を囲う
なにか
漏れてはいけない秘密でもあるかのように
わたしたちはつい見とれてしまうけれど
そうでなければ美はあり得ない
幻さえもあり得なくなる
(始まりの知れない呪縛の底を照らす秘宝が言葉なら
(かくまう神話も言葉で然り
この世でいちばん冷たいことを語りたいのなら
ただただ黙れば それでいい
頑なな氷室の溶ける日が訪れて
おのれが願った冷たさよりも
その温かな仕草について
奪われゆくだろう
そっと
つながれていて良かったと
やがて静かに満ちるだろう
幸福の海のたゆたう言葉の音なき波に
契りを浸して
既婚者と
して