詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
ふしぎな生きものが対岸におりましたので
わたしは急いで脱ぎました
なるべく丁寧に急いで
わたしはあらわになりました
しかしながら
湯茶の用意が整っておらず
先方はやや訝しげ
これはしまった、と
寒々しい桜を演じるしかないわたし
そんな
華麗な一部始終を
通りすがりの親子連れなどが
羨望の眼差しで
見ておりました
あたふたと
脱ぎ捨てた衣服やら肩書きやら魂やらを
集めていますと
置き引き!と、どこぞの貴婦人が叫ばれますので
いたしかたなくわたしは
ボディー・ブロー
ところが
どうやらわたしの所業は
物言いがかかったようです
あと数ヶ月のあいだ
ここを離れられない身となったので
俳句の手ほどきを雀の頭に申し出ました
体よく断られてしまったわたしは
おそらく架橋の材として優れていたのでしょう
気がつけば
わたしは何処にも見当たらず
棟梁の鼻歌だけが聞こえるのでした
そうして
橋へと姿を変えたわたしの上を
ふしぎな生きものが
渡っているような気配がするのです
嗚呼
一度でいいから
お話を伺いたいものだ、と
しくしく朽ちながら
わたしは
いずれの岸にもいないのです