詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
三日月の
燃えるような匂いが、
遠吠えの森を
濡らし始めると
いまだ熟さぬ果実のような
青い吐息は呼応して
疾走の支度を始める
あてもなく
ただ、
匂いだけを頼りに
荒削りの爪を
三日月へ
重ねる
鏡に映るつめたさは
牙ではなくて、
牙を照らす
あの
月明かり
傾くたびに
増してしまう鋭さは
牙ではなくて、
牙を暴く
あの
月明かり
なだらかな
平野に横たわるのは
拒絶の対象を忘れた、難破船
それはあまりに優しい
拒絶の眼だから
草むらの群生たちは
物音を立てず
風だけをまとって
海を学んでいる
遠く、
浅く、
海を学んでいる
残酷な狩りは
残酷ないたわりの中に生まれる
勝つも負けるも
至極平等な真実ならば
誰も、
介入してはならない
誰も手を貸してはならない
脚色も
口添えも
一切を捨てて
傍観者にすら成り得ない
誰も、
狩りの定義からは
逃れられない
遠吠えの森に
またひとつ、涙が
こぼれてしまったようだ
煙るしかない夜の言葉に
少なからずの同情を、胸に秘めて
咆哮たちは
互いにわずかに
踏みつけ合う
そうすることが尊いのだと
昔、賢者が語っていたと
湖面の三日月が
揺れているから
従順な
けものたちは
尾を揺らしながら
瞳の中に
疾走を
灯す