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清彦の部屋


[147] 猫飼い
詩人:清彦 [投票][編集]

彼は猫を飼っていた

彼は猫を好いていた

猫はというと彼を好いてはいなかった

だが彼の住む温かい部屋を好いていた

日に二度与えられる餌を好いていた

窓から降り注ぐ日光を好いていた



彼の家族は既にこの世を発っていた

彼は嫁もとらずに仕事に打ち込んでいたので

周囲は彼を心配した


彼は疲れていた

実に彼は病気に蝕まれていた

だが彼はあるとき悟った


もろもろの悩み

不安や怒りや恐怖は彼自身に過ぎなかった

同時に、彼の今までの一切の歓び

安心や信念や快楽

それらも、彼自身に過ぎなかった

それらはすべて幻であった

それら一切は迷妄であった



彼は、彼の一切は欲望や願望であることを知った

彼は、彼の一切を条件付きの現象であることを知った

彼は、彼の一切をただの流れであることを知った

彼は、彼の一切を言葉には出来ないことを知った

彼は、彼の一切を言うなれば彼自身であることを知った

彼は、彼自身とそれ以外の区別の必要が無くなった


それ以来、彼は執着を断った

もはや何事も愛でず

何事にも怒らず

何事にも悩まされず

何事にも抗わず

彼は、彼と一切を同化してひとつに静まり返った


それから、猫は餌も与えられずにいたので

彼が樹や岩のようになったのだと思って

やがて、彼のもとを離れていった



2016/02/06 (Sat)

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