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甘味亭 真朱麻呂の部屋


[1935] 物言わぬ植物C
詩人:甘味亭 真朱麻呂 [投票][編集]


毛布にくるみ置いてくよ 頼みましたと幸せ願いながら
あの家族に育てられればきっと優しい子になれるからと優子というせめてもの名前でもと何もできずにただ化け物のような植物のまましに絶えてく最後の贈り物につけて
罪人の私たちのようにならぬようにと僕はそっとよく晴れた桜も咲き始める暖かい春の日に玄関先に君を置いて去り際に少し振り返り涙をためた瞳でやさしく笑いかけ走り去った
許してくれといっぱいいっぱいのどうしようもないほど切なる想いを胸に秘めて
僕はだんだんと意識の遠のく近づく植物になる時を今と悟るように目をつむる
人間でいたときよりもたくさんのまなざしに見つめられ暖かい並木通りの一際目立つ大きな大きなカエデの木になり毎日通る人を見て楽しんでいる 暖かい風や涼しい風をその頬に感じながら 鳥と話したりたわむれたりしながら人間であったときには味わえなかった楽しい楽しい毎日の中で幾度過ごしそれはそれは素晴らしく立派な木であったという

旅から帰るように人々はそれぞれの幸せを心にともし木は恋人たちを見送る灯りは今日もカエデをライトで照らす夜
人間には戻れなかったけれどカエデの木はそれでもカエデになったことで何かを知ったという
カエデになったということが彼にとって決していやなことではなくなったのはそれを知ってからだという 僕はきっと知ったからだと思う

カエデは物言わぬ植物になって人々を今日も見守る 大事なことを知ったあとでその人間の意識を植物の意識にゆだね
見開いていた目で最後に見たモノはあの子の肩車されて元気に笑う顔だった良かったと深く息をつきそしてカエデは目をそっと静かに閉じた

2007/12/25 (Tue)

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