ホーム > 詩人の部屋 > 甘味亭 真朱麻呂の部屋 > 物言わぬ植物F

甘味亭 真朱麻呂の部屋


[1938] 物言わぬ植物F
詩人:甘味亭 真朱麻呂 [投票][編集]


私はつぶやいてまたくるねと遠く駆けだし手を振る
たった一人のいや他人から見れば一本のカエデでしかないが彼女にとっては紛れもない父親であるカエデに手を振り
その次の日もその次の日も彼女はきてはカエデと話をした
カエデはもう自分は先も短く老いぼれだから君が大人になって結婚するときまで生きられないねとでもならば『今この時』を噛みしめたいとカエデもしっかり噛みしめようと想いながら彼女の晴れ姿をぼんやりした植物の意識で想像しながらずっと変わらない今までより一番やさしくそして大きな笑顔で彼女(優子)に満面の笑みを返した
そんなある春のころ
そういえばカエデ(父親)と別れたあのよく晴れた春の日も今頃だったなと本当は意識のないただのカエデの木だと知っていても彼女はカエデ(父親)の返事を頭の中で自分なりに想像しながらまた他愛もない一人二役で話をし始める
周りになにを思われるのかなどみじんも気にもせずに
次の日も次の暑い夏の季節に変わっても
二十歳になっても
やさしい子の優子はここにきては話しをする 話などいつも二役といっても自分ひとり
だけれど優子は話を続けた たとえ優子はカエデが話をしてくれなくて口を利けないとしても
それでもよかった
そんなことはどうでもよかった
ただカエデの側にいれればそれでよかったと優子は時々現実のあまりの夢のなさにため息をつき暗い影を心に落とすが
それでも話すときだけは元気を分けてもらってるとでもいうようにここにくれば不思議と勇気を持て元気もなれる。そんな不思議なふたりの本当の悲しくそれでもやさしい暖かい人間の本当の温度を感じれる彼女にとってのつまらない現実から解放される唯一の場所でもあるこの場所で夢物語はここで始まりそして続いているのだろう
明日からもその先へ
ずっと ずっと
きっと いつまでも
いつまでも
私が知らないところまで

2007/12/25 (Tue)

前頁] [甘味亭 真朱麻呂の部屋] [次頁

- 詩人の部屋 -