《この一歩＠エピローグ》


ユキさん。

ハイ、水田主任。

星屑商事の根本さんが
連絡くれって。

ハイ。

あ、それから
天野さんのデスク
整理してたら
こんな手書きのメモが…


＿＿＿＿＿＿＿＿＿
柚木 凛
(ゆうき りん)

1983/08/29
乙女座
血液型:Ｏ型

身長：168cm
体重：0.05t（推定）

愛読書：
樋口一葉「たけくらべ」
清少納言「枕草子」

スポーツ：陸上（短距離）

将来：ぼくのお嫁さん
＿＿＿＿＿＿＿＿＿


…ありがとう、
水田主任。






『ねぇ、サキちゃん
ケッコンしない？

わたしユキですから！』

………

『名前なんて
ただの記号だよ』

………

『きみは既婚者か独身か
確認してから
人を好きになるの？』

………

『ぼくと
真剣勝負しない？』






…彗星のように
わたしの中の宇宙を
駆け抜けていった
光さん。

いっぱい涙を
流しました。
たくさんの
眠れぬ夜を
一人過ごしました。

それでも、
あなたと巡り逢えた事を
わたしは幸せだと
思っています。
哀しくて寂しくて
時には泣く事があっても
わたしは自分の弱さに
負けたりはしない。
あなたが遠い場所から
ずっとわたしを
見守っていてくれると
信じているから。




『東風吹かば
匂ひおこせよ
梅の花
主なしとて
春な忘れそ』











主任のばか…

　　　　　　　(完)



《挿入歌》
初めてのチュウ
花の名

《主題歌》
Starman

《その意味》


改めまして
山崎 鈴と申します

光…、主任の…？

はい、元妻です
父からもユキさんの事は
伺っています

やはり有機合成の
山崎部長の娘さん
だったんですね…

はい
…ユキさん、
お辛いでしょうね…

鈴さんも…

ええ…。でも…
私はずっと
天野を冷たい人間だと
思っていました
怒りや憎しみ
哀しみとか
人間らしい感情が
彼には欠けているんじゃ
ないかって
…ご存知でしょうが
私は彼の友人と1度だけ
過ちを犯してしまいました
その時でさえ、彼は
怒ったり、私たちを
責めたりはしませんでした
彼が亡くなって初めて
彼という人間が判った
ような気がします
彼は冷たい人間だった
訳ではなく、人として
大き過ぎたんじゃないか
と今になって思います
私は、その大きさに
気付く事もできずに
彼から離れました

……。

彼は自分を裏切った私や
友人を許したんじゃなく
誰もが持っている、
人間としての弱さを
許したんじゃ
ないでしょうか
…自分を裏切った友人に
誘われて、
同じ会社に
入社したのも
その友人を許せたから
と言うより
人としての
自分の弱さを天野自身が
克服できたからだと
私は思います
…ユキさん、ちょっと
外に出ませんか？

はい。






…怒りや憎悪、哀しみや
寂しさは、すべて自分の
心の動きです
自分の弱さから目を
逸らすことなく
それを見据えて克服する
努力をすれば
あらゆる苦しみから
自由になれる
…人を許し、自分の弱さに
負けないこと。
天野はそれを示すために
私たちの前に現れたんじゃ
ないでしょうか？

はい、鈴さん。
…なんだか、わたし
こうして星空を眺めて
いると、
光さんに見守られている
ようで、澄んだ気持ちに
なります。

あぁ…、
今にも降って来そうな
綺麗な星空…
天野　光は
天の光になったんですね
…ユキさん？

はい…？

辛くなったり
寂しくなったりしたら
私に電話して、あなたと
一緒に泣かせて下さい

はい、
ありがとうございます
鈴さんとお話出来て
あたし、本当に良かった。

《成層圏で待っていて》


私の漏らす吐息が
貴方へ彼方へと
雲に形を借りて
やみくもに
天に昇りたがる


堪え切れずに
ぽつりぽつりと
落とす雨…

切なさ
あやして
貴方の名前
呼んでみる

繋がるには
狭すぎる大地

離れても

溶けてしまうに
広すぎる宇宙


煙と化して
再びひとつに
融け合えるまで

成層圏で
待っていて

《愛でみつけて》


きみの
花の育て方は
ゆっくりで
水を与え過ぎて
時に枯れてしまう

あなたの
愛の紡ぎ方は
とても性急だから
糸が絡んで
時に解けなくなる

いにしえ
ふたりは背中合わせの
ひとりだった

きみの顔が知りたくて
あなたの唇触れたくて

神様が
ひとりをふたりに
してくれた

体がふたつ
心もふたつ
すれ違い始めて
旅に出る
一人と一人

あなた探して
きみを求めて

また
ひとつに
なるために

愛でみつけて

神様がくれた
贈り物

《137億光年のひとり》


満ち欠けも
夢幻に
凍てる月

軌道ある
月も地球も
妬ましや

人知れず
夜空に消える
星もあり

ポッと出て
スッと去り逝く
きみとぼく

その果てに
何かありそで
何もない


乳飲み子も
いずれ泣き止む
真の闇

《喪失》


…天野は奴らを説得する
つもりだった。
天野、その時
笑ってたみたいだよ？
笑顔を浮かべながら
近付いてくる天野に
逆に恐怖感を覚えて
気がついたら刺していた
と犯人が言ってるらしい
…天野の体格と腕力なら
例え2人相手でも
ワケなかったはずなのに
客を装ったもう一人の
奴に後ろから羽交締めに
されて、いきなり…


わあぁぁあああぁっ…
わあぁぁあああぁっ…
わあぁぁあああぁっ…
わあぁぁあああぁっ…
わあぁぁあああぁっ…
わあぁぁあああぁっ…
………

ユキさん
ごめん…










…なんで

大切な…
…ものばかり…

…あたしから
次々に…
奪い去るの？…

…それに…
なにか…
意味があるの…？
あるなら…
教えて……？



あたしには…もう

誰も…いない…

もう…なにも…

この世界に…

望むものなんか…
ない…

光さんのいない…

…世界なんて…

なんの…

意味もない…

…あたしは…
これから先…

なんの…ために

生きてけば…
いいの？…






もうなんにも…ない

もう…

なんにも…
いらない…







ユキさん…。

《News》


ユキちゃん
天野主任遅いね、
今朝は。
いつも早いのに…

うん、
昨日遅くまで事務処理
してたから、まだ夢の中
かも。電話してみる。
R…R…R…R…R…
出ない………。
…まだ寝てるのかな…？
も一回かけよ

あ、「今日の運勢」
わたしチェックして
なかった…
テレビつけるね？
ユキちゃんて
何座だっけ？



『……それでは
次のニュースです。
昨夜11時15分頃、
コンビニエンス・ストア
〇〇店に2人組の強盗が
押し入り、客で会社員の
天野　光さん(28)を
刃物で刺した後、
犯人は何も取らずに
逃走しました。
刃物は心臓まで達し、
天野さんは出血多量のため
搬送先の病院で
間もなく死亡……』



ユキちゃん！


!!!…？

《飛梅》


梅の花キレイだな、
ユキちゃん…

ええ。
ん〜、いい匂い…
梅って中国から
日本に来たんですよね？

そうなんだ？

光さんは、あさってには
もう中国…

東風吹かば
匂ひおこせよ
梅の花…
ユキちゃん、知ってる？

主なしとて
春な忘れそ…
菅原道真ですよね？

うん、
ユキちゃんも
飛梅みたいに
あとで飛んで来いよ？
俺、仕事の引継ぎが
あるから先に行くけど…
向こうで待ってるから。

はい。

あ、ユキちゃん。
やっぱ車で送るよ。
こんな時間に一人で
帰すの心配だから。

いいですよ、
電車まだあるし。
光さん、
今日遅くまで残務処理で
疲れているんだから。
…光さん、明日は
朝から？

うん。一応、
みんなに挨拶しなきゃね




…ああ、2人で歩くと
駅って意外に近いね。

じゃ、また明日
光さん。

うん、気をつけて
ユキちゃん。

ばいばい。











あ、痛!
カカト壊れちゃった…

《キライがスキ》


子供の頃
大っ嫌いな
ピーマンが
食べれるように
なった時
ちょっとだけ
お姉さんになった
気がした

大きくなって
嫌いだった人を
好きになった時
初めて
大人になれた
気がした


嫌いが減るにつれ
少しずつ
増えてく好きが
わたしを
成長させてくれた
と思う

《プロポーズ》


俺は哀しみとか
妬みや憎しみ
恐れ、怒りだとか
そんな
人間的感情が
先天的に欠けている。
だから
涙は流れないんだ。
だけど、ユキちゃんは
泣きたいなら
泣いていいんだ。
我慢する必要なんてない

主任…

いいよ？
このシャツ
まだ下ろし立てだけど
ユキちゃんの鼻水なら
許してあげる。

主任…(涙笑)

あ、それから
有機合成の山崎部長から
香典預かってる。
「陸上で鍛えた
健康的な足で
早く立ち上がれ」
そう伝えてくれって(笑)

山崎さん…


ユキちゃん
大事な話があるんだ。
お婆ちゃん亡くなって
まだ間がなくて
なんだけど…

はい…

俺、来年の春に
中国の瀋陽の営業所に
行くことになりそうだ。

えっ!？

ユキちゃん、
一緒に行ってくれない？

……?

僕と結婚して下さい。