詩人:A | [投票][編集] |
変速機付メガホン。
最大容積約2Lのペットボトルと口唇接吻しながら、容量たっぷりの緑茶を飲み干そうとするときに感じる、「溺れる」というあの感覚が、どうしようもなくたまらない。
しかし、窒息死寸前の生物の苦痛に歪んだ表情はもっとたまらない。
酸素を求め開閉する唇、
相反して流入気体を拒む気道。
果ててからもその表情は永遠に安らかなものとはならない。
私はそれを一種の生業とした上で美しい物を描くが、汚い物は描かない。
生業にならないからではなく、その行為自体が私の主義主張に反しまくるからだ。
汚物画を欲しがる人間などごまんといる。
汚い物は観るに限る。
それも、生きているものではいけない。
既に息絶えて永いものでもいけない。
生に対して、
死に近ければ近いほど好い。
死んでいるそれは別として、生きている汚物など決して角膜には映したくない。
脳がフルタスクで拒否する。
故に私は汚い物を描かない。
少し空気が悪い。
気分転換をしよう。
成り行き任せながら外へ出ることにした私は、先日夫から贈られた三面鏡の前に立ち、そして絶句する。
その瞬間の私に、自己防衛本能など何の役に立とう。
あぁ、そういうことだったのか、と。