詩人:さみだれ | [投票][編集] |
錯乱が好きなのね
脳を輪姦されて
自我を辛うじて保つことが
あなたには幸せなのね
アンチテーゼのほどよい快楽が
あなたをより人たらしめる
でもね
ガフの部屋で待つ子らは
そんな魂に憧れるのかな
点で繋がれた自画像を
うっとりとした眼差しで見つめるあなた
愛と嫌悪の境界で
確実に壊れていく自我を
「人間と呼ばせてください」
でもね
あなた以外のものは
首を横に振ったよ
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名前のない恋人は
世界の何者にも認知されず
幽霊のように生かされ
鉛となった足を引きずる
名前のない恋人は
主体性を失い
隣り合う町の風景に
ヘアピンで穴を開ける
連動するものも
相対するものも
存在しないという幻想の内に
放り込まれたのだろうか
名前のない恋人は
生きている以上のことを
感じられないのだろうか
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生まれたばかりの雛鳥に
私は神様の話をする
成長し空を飛ぶようになった鳥は
神様を探し上昇する
私は「意味」を持たせた
持たずして生まれるべきそれを
鳥は懸命に行った
そして聖職者となった鳥は
私のもとへ帰ってくることなく
道路脇で死んだ
生まれたばかりの雛鳥の
無垢な目に似て空を仰ぎ
その生涯に「意味」を持たせて
私もまた同じに
神様、あなたもそうでしょ
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それは不意に押し寄せる
メランコリヤの影を縫う闇
旧支配者の衣を脱ぎ捨て
馳せ参ずる団らんの場
心を固く閉ざせばよいよ
瞼の裏にはいつだって優しい恋人が
腕を組み胸を押しあてるのだから
なんなら人を殺すよ
表現の自由のもとに!
気に入らない人間には触れず
私という人間を疎外させたときにこそ
あなたは真に人殺しとなる
「私は夜の女王となり
この地に君臨し 統治する
民は永遠に微笑み
願いは約束され成就する
誰一人こぼれることなく
幸せになれる苦しみを
星のもと誓おうではないか!」
手から不意に失われた
落日の天使がもつ羽の質感
往来の人々にはバレないだろう
今はもう気にもされない
喪失者の空虚とはなんたるか
未来に加圧されたのだ
行くことしかできない
目印に落としたパンくずが
小さなゴミになっていく
この喪失感こそが
夜の女王の課した唯一の条令であり
私が生きている間
見続けなければならない星なのだろう
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奇怪な音に合わせて踊る
大丈夫
あなたの心の中で、だから
それはエゴでもなく
総意でもないから
あなたは心地よく
恍惚とした面持ちでステップを踏める
その無様な足を
縛りつけでもしようものなら
あなたはきっと人間として生きてはいけないね
問いなよ
あなたの魂は何をもってあなたと成り得るのか
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月の光のもと
眠る少年を少女は見ていた
今日まで溢さずにいた涙や
後悔や寂しさや
それらをすべて少年の頬の
まだほんの少し温かい少年の頬の
笑窪に触れて我慢した
(この森にはアスタロテがいてね
夜になると迷いこんだ旅人や
村の子供を魔法にかけて寂しくさせるんだ)
少女は思い出していた
昨日のことも一昨日のことも
もっと前のことも
「お母さんの声が聞きたい
絵本を読んでほしい」
そう思ってしまった少女は
涙を流しながら微笑んでいた
目の前にいた少年は霧のように曖昧になり
消えていくそばで
少女はついに眠りについた
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低温の海を駆ける
魚雷たちの戯れのなかに
陸の少女は花を手向け
必要以上の涙を流した
死を見つめることでしか
己を人間と認められないなら
「それは悲しい」
そう思うことがまるで定められているような気がして
ふと嫌な気持ちになる
命のこたえを順繰りに追っても
あの少女の涙も
魚雷たちの終着点も変わらない
青いスペクトルにもならないこの命が
どこへ行こうとも
彼らの顔色が窺えないから
どこへでも行こうと
地球に縛られた私の相対に
彼らはずっと遠くへ歩いているのだろうか
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私、幸せよ
銃で頭を撃ち抜かれることのない
この平和な国に生まれて
あなたはよく少年兵の話をするね
可哀想だ、何かできることはないか
口癖のように話していたね
私、幸せよ
貧困や飢餓のない生活を送りながら
遠い国のスラブ街の話をするあなたに
相づちを打ちながら
今日の終わりを静かに待つの
私、とても好きよ
約束された命があれば
あなたもちゃんと幸せになれる?
「私、幸せよ」
あなたはまだ戦争の話をするのね
銃を持った少年兵が
あなただったらよかったのにね
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私は地球の手になって
粒子のひとつひとつを摘む
それは量子論にない
質量ゼロの物質なので
いつの間にか得ているけれど
いつの間にか消えちゃってる
今日、夕日のまわりに漂っていたのに
夜にはもう見えなくなった
とても勝手気ままなものなので
私にもよくはわからない
私は地球の身になって
それを感じようと試みた
恍惚も慟哭も同じように
質量ゼロの物質なので
少し触れた気がしただけ
なのにずっとここにあるような
不可思議な安心感を
私の心に置いていく
とても勝手気ままなものなので
そのまま置いてきぼりにして
私の手の届かない
うんと遠くへ去っていく
君の背を眺める星
こんなにも小さかったのか
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彼が呼吸を始めた日
宇宙は一瞬静かになった
虹色の波長の終端
何もない海の底で
彼は友達を持たず
家族を持たず
恋人も恩師も持たず
暗く冷たい海の底で生まれた
よく言えば「自由」であり
悪く言えば孤独であった
しかし感情を知らない彼に
そんなことは無意味なことで
もしこの海の底で
彼が感情を覚えたなら
それはあまりにも残酷で
とても耐えられるものではない
なら彼はなぜ生まれたの
生きるだけの生涯が
私には機械的に映るのです
分厚い氷の天蓋を
彼はまだ知らない
この光も
そのずっと向こうにいる私達も
彼はまだ知らないんだ
彼は呼吸を始めた
とても静かな時間の檻で
涙を流す彼に会えたら
笑い方を教えてあげよう、と
そう思う