詩人:中村真生子 | [投票][編集] |
いつもの景色が
より艶やかに見えた。
有り難い
今、この時を手繰り寄せ
その源を見つけし時。
いつもの時間が
より幸せに思えた。
手繰り寄せた源の
その有り難さに気づきし時。
有り難いその源は
手繰り寄せれば人に行きあたり
さらに手繰り寄せれば
やはり人に行きあたる。
その有り難さに気づきし時
ご褒美にと
景色がほほ笑み
時間が歌を口ずさむ。
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彼岸の入りで実家に行く。
今日は暖かゆえ
電気の入っていないこたつに入り
とりとめのない話を母とする。
母の母は母乳の出が悪かった。
けれど母は口をつぐんで
母乳以外は飲まなかったという。
そこで近所の同い年の子のお母さんから
お乳を飲ませてもらって育ったという。
いろいろなお母さんから
「うちの子は終わったら、来て」と言われて。
子どもたちもたくさんいて
みんなで子育てをしていた
80年も昔の話。
そして初めて聞く
母の赤ちゃんの時の話。
それから母は
「いろんなことがあったなあ」とぽつり。
あの日々から今日までを
ひとり振り返るように…。
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街の商店街の中ほどの
ビルの2階に小さな小児科が一つ。
開業して37年。
先生のところには
だんだん患者がいなくなる。
なぜなら
ここに来た子たちは
みんな元気になっていくから…。
先生は注射もしなければ
薬も出さないけど
子どもの健康にとって悪いことは
ちょっとばかし手厳しい。
だから親は耳が痛い。
けれどそんな噂を聞いて
また新しい親子がやってくる。
今、81歳の先生。
開業以来休んだのは
数年の前にたった1日。
奥様の葬儀の日だけだった。
街の商店街の中ほどの
ビルの2階に
医療機器ではなく本に囲まれた
寒いけれど温かい小児科医が一つ。
先生に出会えた子どもは幸せだ。
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かすれゆく
記憶の街に佇む。
喧噪が流れていく。
さわさわと…。
何かを囁くように…。
その音に耳を傾ける。
遠い記憶に耳を傾けるように…。
けれどもう何もわからない。
ひとり岸辺に残されて
ただ佇む。
ふと友の笑顔。
遠い記憶から流れてきた
花のごとく…。
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雪のさなか雲が切れ
塀に宿った一粒の光を
朝日が虹の色ごとく輝かせる。
その一粒の光を。
一粒の種が地で芽吹くように
一粒の光が心に芽吹く。
幼けないその芽吹きが
心に根付くことを願わん。
何かわからねど
何かよきものが咲くことを願って。
未だ遠い心の春の日に。
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のどに引っかかった
小骨が一つ。
飲み込もうにも飲み込めない。
時折
自己主張をするように
ちくちくと痛みだす。
あの日
のどに引っかかった
小骨が一つ。
けれど引っかけていたのは
自分の小骨。
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心に思ったことで
キミは一歩を踏み出した。
0は限りなく0であるが
1は限りない無限の始まり。
話したことで
キミはもう一歩踏み出した。
今度は
胸のうちから外へと。
そして明日には
きっとまた一歩。
できない大きなことを考えるのをやめ
できる小さなことを考え始めた。
キミは歩むことを始めた。
自らとともに…。
できない大きなことを成し遂げるために。
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バケツに入れられた
とりどりの花。
キンセンカ、ストック、
水仙、チューリップ、菜の花…。
花畑にいる気分で
ぐるぐる回って買ったのは
クリーム色と紫色の八重のストック。
1束3本で200円。
分かれている茎を切ると
たくさんの本数に…。
束にして部屋に飾る。
空き瓶に入れてトイレにも飾る。
待ちわびる春の
心華やぐおすそ分け。
けれど、弥生も半ば近いのに
また明日から雪マーク。
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移ろい
文具店でうろうろしていると
レター用品が目に入る。
おぼろげに顔が浮かんで
ミモザの絵柄の葉書を手に取る。
またおぼろげに顔が浮かんで
桜の絵柄の便箋を手に取る。
クリスマスの絵柄の葉書と
雪景色の絵柄の便箋も
冬の初めに
そんなふうに買ったのだろう。
おぼろげに顔を
思い浮かべながら…。
届けられた
冬模様の便りの上に
時間が静かに降り積もる。
ミモザの絵柄の葉書と
桜の絵柄の便箋を手に取り
少しずつ冬がおぼろげになり
少しずつ春になっていく…。