詩人:中村真生子 | [投票][編集] |
かつて扉をたたいた時
扉は固く閉ざされていた。
再度、扉をたたいた時
扉は少しだけ開いた。
けれどすぐに閉ざされた。
三度、扉をたたいた時
扉は中に入れるだけ開いた。
そして一歩踏み入れた。
目が慣れてきて
映し出されたのは
見覚えのある風景だった。
どの扉もどの壁も…。
今度はうちからたたくのだ。
たくさんの扉を開けて
光と風を入れ
自分から自由になるために…。
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春一番が吹いた夕方
いつもと違った道を通って家に向かう。
いつも前を通っている
小さなお社がある
いつもの道に近づく。
お社の角を曲がって
いつもの道に出ようとしたとき
いつもの道からは木立で
見えないところでお地蔵様が
手を合わせてこちらを見ておられる。
慌てて手を合わせて拝むと
お地蔵さまも手を合わせて
拝んでくださる。
ありがたい気持ちになる。
少し行き方を変えて
ほんの少しその日の生き方が変る。
心の中にも春一番。
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朝食事の準備をする。
いつもと同じような朝。
ネギを刻みながら
けれど
今日はもう二度とないことを
ふと思う。
だからというわけではないが
だからというわけであるからかもしれないが
卵焼きにネギに加えて
じゃこを入れてみる。
少し多めに。
窓の向こうには
絹織物のひだのような雲…。
雲も春の装いか。
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何度も雪をかぶり
すっぽり雪に埋もれもし
それでもしゃんと背筋を
伸ばしていたアネモネが
春を目の前に
風で折れてしまった。
添え木に寄りかからせていたが
今朝見ると
後から咲いたアネモネに
折れた体を預け
頬を寄せあいながら咲いていた。
互いが互いを愛しむように…。
今この時を愛しむように…。
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今朝見た夢は
誰かを探している夢。
学校らしきところで
その人のことを聞きながら探し回る。
その誰かがわかりそうな
ところで目が覚める。
懐かしい余韻が一日中続く。
脳の奥深くに眠っていた
遠い思い出までも目を覚ます春。
窓をたたく雨は
もう冬の雨ではなく
一雨ごとに春が目覚める。
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荒れた天気が収まり
春を探しに庭に出る。
風は冷たいけれど日が差して
庭の向こうの川面が輝く
ゆらゆらと…。
ミモザのそばには
ヒヤシンスの緑の蕾、
バラも芽吹き、
ローズマリーの根元には
福寿草の金色の蕾。
なんだかわからない
お楽しみの小さな芽吹きも…。
本当に久しぶりの良い天気。
でも、きっと晴れると思ってた。
あなたが空に還る日だから…。
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受話器をおろして
外を見るといつもの海。
思いのほか青く
涙に潤んだようなその色に
海の悲しみを知る。
夜からはしとしと雨が降り出し
朝には風も加わり
ゴーゴーという音に起こされる。
海も空も風も
悲しんでいるのだろう。
山は閉じこもり姿を見せない。
けれど明日には落ち着き
寄る辺なき人々の悲しみを
受け止めてくれるのだろう。
あなたが逝って
寄る辺を失った私たちの悲しみを。
合掌。
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茶碗を洗いながら
たわいもないことを
思い出して“クスリ”。
本当にたわいもないことだけれど
なんだかおかしくて
“クスリ”。
“クスリ”の余韻で
しばし楽しい気持ちに。
思い出し笑いの“クスリ”は
楽しい薬。
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目をつむって渡ったら
願い事が叶うという「願い橋」。
三人で訪れたとき
一人が渡りたいという。
幅もそれほど広くなく
手すりもない。
それでも目をつむって
渡りたいという。
ある願い事のために。
じゃあとその人を真ん中に
三人で手をつないで渡る。
水の音を聞きながら…
手の温もりを感じながら…。
渡り切ってその人は
「こんなふうに人に助けられて
願いは叶うものかも」とぽつり。
その言葉が
雲南の山々に斐伊川に
そして、心にこだます。
目をつむって渡ったら
願い事が叶うという「願い橋」。
どうぞ、願いが叶いますように…。
*願い事が叶うというのは映画『うん、何?』の中で登場。
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地震があって
原発事故があって
それぞれの中で芽生えた
小さな思いが
一年(ひととせ)を経て
葉を広げ始めた。
わらしべを撚るように
互いの思いを結び
見えないけれど
確かなものとなって…。
未だ葉は小さいけれど
新たな兆しを刻んで…。
胸の中だけを住処とする
そのみどりごを大切に育てよ。