詩人:善田 真琴 | [投票][編集] |
湿りて暗き洞穴に一匹の蝙蝠、世を避けて棲み居りき。そこへいづらより迷ひ込みにけむ、蛍一匹舞ひ飛ぶ様なるを、眼は見えざるを耳にて気配感じて「誰そ彼は。何しにか来たれる」と蝙蝠の問へば、「日の暮れ黄昏にければ、一夜の宿借らむとて」と蛍答へけり。
折りから腹の空き居れば、捕へて喰はむと謀りて、「汝の声の遠ければ聞こえじ。なほ近う寄れ」と言へば、蛍「妾をたばかりて喰はむとぞすらむ」と恐れて岩壁の小さき穴に逃れ隠れにき。
蛍は身動き出来ず、蝙蝠も捕えられず、かくて外は夜明けにけれど、洞穴は昼なほ暗し。かたみに困じ果てて成す術なく、時経るばかりなれど、徒然に言葉掛け合ふうちに、互ひの身の上など語り始めにき。
「汝は、この寂しき洞穴に長くひとり住みにかありけむ」と問へば「然り。父母共に我を置き去りに出で行けば、それよりここに独り住み渡るなり」と蝙蝠の答ふ。
「我は白々と明るく騒々しき世界好まざれば、世間を知らじ。如何なる様ならむ教え給へ」と物腰柔らかに蝙蝠の言へば、「外には食ひ物あまたありて、腹膨れ破れむばかりなり。何しか外へ出でざる」と蛍、苦しき中に光明の灯る心地したり。
「中空に夜毎満ち欠け繰り返す唯一無二の大いなる光あり。妾には光なく、輝くこと能はざれども、妾を焦がす想ひ人は、優しき光明滅させていと美し」と蛍の問はず語りに言へば、「唯一無二の大き光とは何ぞ」と蝙蝠の不審がるに「妾らが守り主にて、月読とぞ申すなり」とて。
かくて三日が徒らに過ぎぬ
蝙蝠と蛍、共に飲まず食はず疲れ果て言葉も交はさずありつるを、ふと小穴より窺へば、蝙蝠のうつらうつらと眠る気配なり。「ここぞ。逃ぐる隙は今しかあらじ」と蛍の力尽くして羽ばたく音に、蝙蝠気付けども最早、動く力も気力も既に失せにけり。
「我の如き世に要無き者を相手に、楽しき世間の話聞かせ給ひて、かたじけなし。我はここにて命尽きむとすらむ」と独り言に呟くを背中に聞きて、蛍は「あはれに侘し」と仏心の俄かに湧きにけむ、引き返して「などかは。妾こそ、汝が身の上話聞き侍りて有り難くとこそ。汝は生きてぞ父母を探し求むべき。いざ共に外へと参らむ」と蝙蝠を誘へり。
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四日目の夜もかくて更けぬ
空には晧々たる満月上がりて、辺りを隈無く照らし隠れもなし。
「名は何とや申す」と問へば「妾は火垂と申すなり。汝は」と返すに「我に名は無し。父母と早くに別れにければ。名無しと呼ぶべし」とて寂し気に笑ふなり。
「さて、名無し様。月も適ひぬ、いまは漕ぎ出でな」と戯れに額田王の熟田津の歌引きて誘へば、「それは何やらむ」と名無しの困り顔に言ふが可笑しくて微笑めば、「何故かくやは笑ふ」と不機嫌に頬膨るるが、更に面白くて笑み抑へあへず、遂には名無しも釣られけるにや、訳知らぬながら火垂と共に笑ひ合へり。
「かく笑ひしは、我が生涯にて初めてなり」と名無し呟くを聞きて「外には更に楽しきこと多く侍り。いざ共に」と火垂の励ましに力を得て、名無しの外界への怖じ気も薄らぐ心地するなり。
満月の夜、雲一片も無きはさらなり。外は明かりて真昼の様なれば、村の悪童ども日の暮れ夜は更けにけれど、遅くまで野原にて遊び居りけり。
童部の年長なるが、長き竹竿の先に手拭ひ巻き付けて、空へと突き上げ支へ居るは、蝙蝠を捉へむが為なり。飛び疲れ休まむと竿に掴まるや、手拭ひの編目に爪の引き掛かりて逃ぐるを得ず、容易く捕まえらるる仕掛けなり。既に一匹の蝙蝠捉へられて、地面に力なく横たはりて、身動きもせぬ様子なりき。その周りを遠巻きに童部二人、三人、「姿、醜く怖し」「臭ひくさし」とて細き木の枝にて突きつつ笑ひ興じ合へり。
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速くは飛べぬ火垂を行きつ戻りつ、高木の枝に逆さにぶら下がり待ち居る名無しの耳に、下にて物騒がしき音すなり。生まれて初めて聞く人の声なりき。それに混じりて、微かなれど懐かしき調べ絶え絶えに耳に届けば、教えられ学ばざれども同族なりとぞ自ずから知られける。
なほ耳を澄ませば、弱々しき音の脳裏に木霊の如く響きて、切れ切れに「ココナリ、ワレヲ、救ケ給へ」と意味を成して胸の奥に伝はりぬ。
「あれは肉親が声なり!
救はねば、我しか居らじ」
迷ひなく悟りし覚者の如く、決然と俄かに降下せし名無しの後足の爪が、一人の童部の頭を掠めて飛び去り、休む間もなく直ぐに二の矢、三の矢を矢継ぎ早に放つ。さしもの悪童どもも、黒き悪魔の来襲に阿鼻叫喚、逃げ惑ひて泣き叫ぶ様、ななめならず。
然れども、童部の中に弁慶が如き強者一人ありて、青竹一本振りかざすや、一振りにて名無しを見事に打ち落としにけり。「これぞ返り討ち」とて、弁慶したり顔なり。
したたかに硬き地面に叩き付けられ、肋骨の二本は折れにけむ、意識薄れゆく中に己を呼ぶ声、耳の奥に幽かに響くなり。
「名無し様!名無し様!」
「火垂殿…」
名無しの耳元にて、その名を呼び続くる火垂の背後に「何ぞ虫が居るなり」と迫り来て、そろりと手伸ばす影一つありけり。
「火垂殿!」
俄かに正気に返りし名無し、大声にて叫べば、火垂も咄嗟に身を翻して飛び立ち、危く難を逃れたり。
「名無し様、しばしお待ちを。妾が朋友ども掻き集めて、再び救けに参るゆへ」とて、火垂は草むら繁き上を低く飛び去り、闇に紛れ消えにけり。
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「さて、夜も更けにければ家に帰るべし」と童部ひとりの言へば「然り。されど、蝙蝠二匹如何にせむ。持ち帰りても益なき物を」と応じるを、「一層、川に捨てなむ」と定まりて、童部の年長なるが諸手に蝙蝠が両脚をむんずと掴みて、三々五々、川原へ急ぐなり。
その道々、「不可思議なる事あり。今宵は満月なるを、空見上げ給へ。知らぬ間に光減じて三日月となりしを」とて一人が言へば、「げに。闇も見る見る暗さ増しつつあるが怖く心細し」と応へるうちに、空に月の欠片もなく、辺りは真の闇に包まれにけり。
と、そこへ月と入れ代るがに、火の玉の如き大き光の俄かに現れ出でて、此方へ向かひ来れるが見えたり。童部どもの驚きななめならず、蝙蝠二匹うち捨て、慌てて蜘蛛の子散らす如くに逃げ去りにけり。
大き光には形無く、丸き月かと思ひきや、散開し星屑の雲さながらに見えて、やがてうち捨てられし二匹の蝙蝠を包み込みしまま動かず、暫くの間、墨を流せし漆黒の闇の中に目映ゆき光芒を放ち続けにけるとぞ。或いは皆既月食の夜の出来事にてやありけむ。なほ、蝙蝠二匹と蛍一匹のその後を詳らかに知れる者は無しとて語り伝へたるとかや。
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ラジオから
奏でる歌が
いつまでも
隙間に洩れる
痛みが疼く
その声を
内耳の奥が
覚えてる
電話の向こう
アカペラの歌
新しく
分かち合えない
もう何も
止めた時間を
巻き戻すだけ
手を合わす
そこには君が
いないこと
知っているけど
涙こぼれる
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中学の頃
母からご飯の炊き方を
教えてもらった。
「水はこれくらい」
キツネのカタチを作って
人差し指の第一関節を
ぼくに示した。
教室とか開いて
ご近所の主婦仲間に
偉そうに
料理を教えていたのに
今では、ご飯を炊くのは
現役を退いた
父の役目らしい。
独り暮らしを始めて
随分長くなったけれど、
今のぼくの指で測ると
お粥みたいなご飯に
なってしまう。
母が小さくなったようで
少し寂しくなりました。
ご飯炊く
目安にしてた
指キツネ
親追い越して
すくすく育ち
昔より
母が小さく
見える朝
茄子の浅漬け
お茶漬けにする
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くもり空
きみが陰って
見えるのは
ぼくが湿気て
いるからだよね
晴れた空
にっこり笑みが
溢れくる
降れば降ったで
苦笑うけど
苔色の
お気にの傘が
差したくて
土砂降りの中
外に出てゆく
濡らすなら
濡れてもいいよ
風邪を引く
そんなひ弱な
体じゃないし
お天気は
変えれないけど
気持ちなら
どうにでもなる
かかって来いや
どんよりと
淀んだ雲の
その上は
瞳閉じれば
何時だって晴れ
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闇夜でも
彼は届ける
白雲の
羽衣を着た
君を照らして
尽きるまで
燃やし続ける
その命
与えることを
生き甲斐にして
あの人が
近くいると
輝ける
そのあの人に
私はなりたい
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「怪之句 影女」より
影のみが
ひとがた模して
現れん
袖触れ合うも
魔性の餌食
追えば逃げ
逃げれば祟る
影踏みの
戻る術なき
六道の辻
衣衣の
一夜の契り
目醒めれば
温もり冷めし
夢の枕に
餓鬼畜生
阿修羅ともなれ
みゃあと鳴く
舌舐めずりの
黒猫一匹
原句/妙鈴堂殿
編歌/不肖善田
【脚注】
「六道の辻」
@六道へゆくという辻。
A昔、京都鳥辺山の
火葬場へゆく辻の名。
「衣衣」(きぬぎぬ)
衣を重ねて共寝した男女が
翌朝めいめいの着物を着て
別れること。また、その朝
(以上、広辞苑より)
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作品
「眠る来世は花の色」より
空青く
彩る景色は
花の色
街に息づく
春を感じて
懐かしく
囁く音色は
夢の色
古い石段
苔むす呼吸
艶めいて
小袖に匿す
肌の白
見初めた影は
紅の傘
鳥居下
巡る現世は
風の色
前に何処かで
出会ったような
参道の
土産物屋の
手鏡に
心時めく
貴女想えば
偶然の
数を指折り
繋いでは
一度きりと
結んだ縁
離れても
同じ夜空に
同じ月
今宵貴女も
見ているかしら
夢うつつ
眠る来世は
花の色
次も必ず
見つけておくれ
原詩/枝豆さん
編歌/不肖善田