詩人:右色 | [投票][得票][編集] |
君は泣いていいんだよ
アイツは勝手に部屋に来るやいなや
そんな勝手なことを言った
私は無言で冷蔵庫のドアを開け
冷えた氷を透明なグラスに入れる
いつも勝手に来ては勝手なことをしたアイツ
それなのにちっとも嫌じゃなかった
そんな、ズルイ奴だった
台所の棚を軒並み開き
書斎の机の引き出しも全部開けた
それでも見つからない
アイツは何時だって私のワインを勝手に飲んだ
普段は酒なんて全然飲まないくせに
私はワインが好きだ
ワインを楽しむにはマナーを知らなくていけないし
マナーを熟さなければならない
しかし、そういう煩雑さこそがワインの旨みなのだ
ワインをどこに隠しても、アイツは必ず見付けてくるから
私も意地になってワインを隠した
アイツは勝手に死んだ
しかも実にアイツらしい死に方で
だから
私は笑ってやった
なんてアイツらしいんだって
笑ってやった
今日はそんなアイツの一周忌
手向けに一杯やろうと思ったが
肝心のワインが見つからない
グラスの氷は半分溶けていた
何気なくグラスを持ち上げると
水滴がまるで泣いているかのように滴り落ちた
お前が泣いてどうするんだ
グラスの縁を指で軽く弾く
涼やかな音が耳に響く
瞬間、アイツが目の前でワインを飲んでいるような気がした
私はグラスをテーブルに置いた
青い月の光が
涼やかな夜風と共に部屋に差し込む
なんとなく
ワインはもう、見つからないような気がした