詩人:遥 カズナ | [投票][編集] |
防波堤からの夜釣りで海へ転落した事がある。
釣りの最中、海へ外れ落ちたウキを回収しようと、足元に置いたタモ網(※1)を探してライトのスイッチを入れた。
LEDライトは光量が非常に強く、使用直後は目がくらむ
流されていくウキに焦り
タモ網をつかみ取って防波堤の縁にそって歩いているつもりだった。
が、左足が不意におちると反射的に右足も追うようにして前へ出していた。
自然と両腕はバタバタとさせ、海へ転落していった。
溺れそうになりながら
フジツボやらがついている防波堤の壁面から必死に掴めそうな部分をまさぐり、しがみつき、転落した驚きと恐怖にパニックになりそうな自分に「落ち着け!落ち着け!」と言い聞かせていた。
それでも
暗い海面からから見上げる7メートルはある防波堤の真っ黒な壁面は絶望的な光景であった。
私は同行した仲間の名前を必死で叫んだ。
何度も呼ぶうち
本当に幸いな事に仲間はその声に気がつき、駆け付けくれた。
彼らも慌てたが
とにかく救出しようと、持ってきたタモ網を私に伸ばしてくれ
私はそれにしがみつき、そのまま彼らはテトラポットのある場所まで移動して行く事にした。
どうにか、たどり着くと
私はなんとかテトラにしがみついて海から這い上がろうとするのだが
何度も失敗し、それでも最後は死にたく無い一心で
テトラポットの上へ這い上がる事に成功した。
その後は
這うようにテトラをよじ登り
どうにか防波堤の上にたどり着いた。
手のひらや腕にはカミソリで切ったような傷が痛んだが
振り返って思うと
無数の幸運が私に味方していた。
その、どれか一つでも欠けていたら
偶然だったとしても
助かった理由を数えるときりがなく
考える程にゾッとする。
安全な釣りのために、もう少し書きたい。
まず、海難事故などあり得ない事という慢心があった。
そしてライフジャケットを着用していなかった事を後悔している。
別な反省点として
転落した人の安全を確保する為の事を最大限にしたなら、118番へ連絡したほうがよい。
こわい思いをしたが
みんなで釣りを細心の注意で楽しみたい
その価値がある趣味だと思っている。
(※1)伸縮自在(数メートル)の竿、先端に魚を回収する網の付いた道具
kikaku2012「事故」
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牛乳の入った白いマグカップの中、黄金虫がのたうっている
マグカップの中に舌を差し入れると
鈍い痛みと一緒に
棘のような足で舌にしがみついてきた黄金虫を
あま噛みするように奥歯に挟み込む
世間知らずの知る
「快楽」という文字で
この恍惚を推し量られたのだとしたら
ゆくりと後悔するがいい
その名前を逆さ読みで呼び、呼ばれている事に気がつくまで
そうしてやろう
草原に墓がある
小さな白い墓だが
たむかれる花の絶えない 風の音しかしない
静かな場所だ
紐でゆわえられた山羊がいる
ハサミで
紙みたいなものなら
何でもじょきじょき切って食わせる
面白いように食うし
実際、手持ち無沙汰だった少年には気持ちがよかった
三四人の大人達が寄り集まり
一人がハンマーを振りかざし
山羊の脳天を打つ
幾度か鈍い音がして
それでも
固い角で頭蓋骨を覆われた山羊は
気絶も出来ずに白い毛を血まみれにしながらメエメエ
と鳴き叫ぶ
別の一人が角を両の手で掴み、抱え上げると
朦朧とした山羊の喉笛を
他の誰かが鋭いカマで掻き裂いた
どっと血が吹き出し
ヨタヨタと山羊は倒れこむ
黄金虫は奥歯に挟まれながらモゾモゾとしている
今日は宴だ
大きな鍋にはバラバラにされた山羊の肉が放り込まれ
山羊汁の匂いに隣近所も詰めかける
皆、笑っている
笑っている
墓にたむかれた花を
ぐしゃぐしゃにして撒き散らす
宴には皆の湯気のたつ膳が用意されている
黄金虫をゆっくりと噛み潰すと
人の道からはずれてしまった
奈落の臭いのような香りが
鼻から抜け出ていった
少年の膳だけが手付かずにすっかりと冷めきり
誰かの名前を逆さ読みで呼ぶ声が
白い墓に吹く風の中からした
reiwa2020
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人がどうなのかは知らないけれど
嘘か本当かなんてところで
おんなじところをグルグルと廻っているようだから
やっぱり私は偽善者のようだ
そうやって
ぐずぐずとした気持ちでいると
どういうわけだか書きたい事柄のような、どうでもよいような
底の方から這い上がり絡みついてきたのか、それとも上の方から降りて来て賜ったものなのか
無視して通り過ぎれば
二度と振り返りもしないだろうに
鳥の
羽毛のかけらような
それを
つまんで
匂いを嗅いでみたり
フワフワと宙を漂わせて遊んみたり
しまいには
単行本に挟んで、大事にしまっておこうとする
そうしていると
なんだか煩わしくなって来て
わざわざ釣りの支度を整え
釣り餌のかわりに
針にひっかけて海へ放り込んでしまう
もう大事なのか無意味なのかも、分からないふりをしているのか
分かったふりして今までやって来たからどうでもよくなったのか
ウキを見つめて問いただしてみても答えはなく
それでも竿を上げて
仕掛けの先に無事にそれが残っていると
安心したような、獲物を得られずにがっかりしたような
そんな気持ちになる
そうして帰ると、きっとこう書く
「今日は釣りに行ったが釣果はなし」
そしてこう書く
「また行きたい」
と
、
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金属の研磨作業を生業にしている私の指先の爪には
真っ黒な油の垢が
どう洗っても落ちずにこびりついている
それに
バリの付いた
加工されたばかりの高熱の金属を掴み続けるあまり
足のかかとみたいにガサガサに固い皮となったこの手のひらは
買い物の時なんかには
レジの若い女性の店員からお釣りや商品を受け取る時なんかには
どうにも気持ちにやりばのない、恥ずかしさが込み上げる。
手相なんてものは信じてもいないけれど
歳を追うごとに
腫れ上がった手のひらに
峡谷みたいに深い谷を辿る生命線が、この命を堅実な使い道で役立てていれているような、そんなふうな軌跡なのか期待なのかを
探してみたくなる。
こんな手のひらでも
背中を撫でるように優しくさすってやると
子供達は寝つきがよく
すやすやと眠ってくれる。
子供の頃
仕事の為に衰えていく父の体の節々を、母は「金の錆」がついたのだと話し、父をねぎらっていたっけ
折り重ってゆく日々、そしてまた日々の果て
家族を養う主の体には
稼いだ「金の錆」が残るらしい。
妻はこんな手のひらを「好き」だと、その頬にあてがってくれる。
kikaku2012「手」
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よくもまあ書きたくなる
空
海
夕日がだとか
愛がどうでこうで
何もかもが納得できるようにまとめられた文字の羅列を
俺には、どうしたらいいのかわからない
蒼いイルカの
潮にたなびく背鰭が
波打つみなもを裂く
あれは
朝日なのか夕日なのか
どこまでも旅は続く
生と死の境目
呼吸を許された瞬間の
海の哺乳類達は
その時に何を感じるのだろう
風をうけ
やすやすと宙を漂う海鳥達
本題から外れてしまいそうなペン先のインクが滲んでいく
わずかに星がちらつく水平線の彼方を
飛行機の点滅する明かりがゆっくりと行く
「確信」と言う言葉がある
重く果てしのない旅の道すがら
放たれた矢が
目的に届かないまま
いつか落ちてしまうのなら
せめて
滑らかな水面へ
「イルカのように
生と死のはざまのような行間を
自由にゆきかいたい」
例えば
そんなふうに気どって
書きたくもなる
、
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台所のすみにあるゴキブリホイホイに
いくらかのゴキブリが取り付いていて
不愉快だからゴミ箱へ放り込む
四年生の頃
夏休みにバルサで戦艦をこしらえようとして
深夜に
未完のまま母に叱られ
そのままになった
あの船がどうなったか
記憶のどこかをどう漂い
沈んでしまったのか
花火を仕込んで
砲撃できるようにした
あの仕掛けは
出来上がっていたのか
焼きすぎた焦げたトーストの焦げめをシンクにザラザラと掻き捨てる
息子は小三だが
昨日、初めて市内線のバスを一人で利用した
下車する際に
料金を支払い損ねたと話してくれた
無理やりバターを塗りたくったトーストをくわえて
出勤しようと玄関のキーホルダーを掴むと
会社の鍵が外れ落ちてしまっている事に気づく
どんなひょうしに
どこで無くしてしまったのか
昨晩、いつもより二缶多くビールを空けてしまった事に後悔しながら
車を駐車場からバックで出す
ラジオの渋滞情報を聴き終わると
自然とスイッチをオフにしていた
バルサの戦艦は
庭先の池で爆竹を使い
派手にこっぱみじんにしてやった事を
思い出していたのだ
、
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炎天下
蛆が死骸の全身を覆う
刺し殺さんばかりの陽射しに洗われ
指紋の筋の数を辿るような細密な数千万の命が
代わる代わるなんて優しいリズムではない
互いの命を足掛かりに
腐肉を喰らいながら安んじようと
陽射しを避けようと
めくれあがるように互いの内側へ潜り込んでゆく
「死にたくない」
「死にたくない」
「死にたくない」
何も無い
灼熱の地獄の地平を
まるで
一つの生きもののように
もがき、苦しみ
大きな海鼠のような姿で固まり這いずりまわる
理由なんて知らない
生き残った数だけが蠅へとなれるだけだ
、
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1987年、沖縄
高台に建つ展望台を臨む
ガジマルのつたまみれにからまれた裾野の町
眩しい程の緑の芝生に広がる白い外人住宅を囲うフェンスの外側
陽炎たちまくアスファルトの車道の斜面に
仲間とスケートボードで何度となく転んだ
碧い海岸線を見下ろす
胸のすく夏があった
肌を刺すような陽射し
空き地の土管をくぐり抜け涼やかに吹き抜ける風
真夏の坂道を
押さえきれない明日への期待をはちきれさせながら
高速で回転する潤滑油を効かせたベアリング
肌をつたう汗
満天に轟く戦闘機の爆音にのせて
思うがままにふざけ合い
笑い転げ
腹がよじれるまで
気持ち良く疲れ果てる果てへ
つんざいていった
平屋の屋根へハシゴを掛け仲間と眺めた屋上からの景色
夕焼けが
隣近所の庭に生えたヤシの木のシルエットを鮮やかに映し出し
夕涼みを満喫するには十二分なラジカセからのメロディーが耳もとを
片思いの少女を想うような切なさで撫でてゆく
ひざこぞうを擦りむいた
まだ赤い傷口にも目をやらず
意味の必要もいらず
この小さな島で
一生を生きてゆく事を
拒むとかも
考えられなかった
それは
永遠を鷲掴みにしたような感触で
この心に色あせる事はない
戦闘機の爆音は
遠い内地に移り住んだ仲間達のところへ届かんばかりに
今日も空を轟き渡っている
、
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水の上を
歩いてみたい
手に
買い物袋
ニンジンやら玉子とか
それにビール
こう
やんわりと
赤子の素肌ような感触を踏みしだくように
なんでもない足取りで
ひとつひとつの歩をヒタヒタとさせてゆく
月夜だ
「山本は良いヤツだけど不動産の話しばかりで
面倒くさいところもある」
栞を無くした単行本
足元に水はなみなみといっぱいに
、
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ボールを投げ
犬がそれを拾いにゆく
なんでもない
すべすべとしたボールを
投げてやる
肉に血をかよわせ
尻尾に衝動をばたつかせた風が
勝手に誰かが自分の為に探してきた呼吸の理由みたいに
体の中と外の世界をゆきかい 何かを分からせようとしているとしか思えない
そんな思惑なんていらないはずの犬が ボールをくわえて戻ってくる
また僕に
ボールを投げさせようとして
、