詩人:亜子 | [投票][編集] |
秋 暮れて
ものさみしげに
ぶらさがった君は
柿の実の横顔
鳥のくちばしから
身をくねらせて
色づいたのに
枯れ枝を揺れるままに
君の望む手じゃないけれど
もいでもいいか
橙の頬におりた霜を
ぬぐってもいいか
指でつぶせるほど
あきらめに熟れた君が
いちょうの葉と画策して
飛び降りる
その前に
金色の外套は
いつかの西の空
名残おしい君の横顔
あかぎれのこの手が
ひっかくとしても
もいでもいいか
連れていってもいいか
眺めている僕の足元で
まろび行く木の葉が
冷たい人と
言う前に
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つかみどころも味けもない向こうもすける薄皮の
日々というパイ生地と
バニラビーンズ抱いた甘く狂うカスタードの
ていねいにつみ重ねた
ミルフィーユ
追憶の銀色フォークつきたて
さくりと嘆く記憶を聞く
胸もやけるそれは
てっぺんに落とされた苺の
赤く酸っぱいうらぎりと
アッサムの香りおびた
木の葉時雨の午後
冷静な味わいとなり
飲み込んだその時
このものにとらわれていた時間は過ぎたのだと知り
哀しいほど前向きな
私を知ったのです
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私の愛は 愛と出会うまで
とても雄弁に愛を語った
光るアーモンドアイで
宝石をしる夫人のように
ひそやかな笑みで
未来をしる占い師のように
かけひきを彩る手で
手品をしる奇術師のように
饒舌に濡れた唇で
ワインをしるセレブのように
私の愛は 愛と出会うまで
とても雄弁に愛を語っていた
出会ってしまった今では
私の愛は 日々寡黙に
沈みこんでゆく
霧が降り立つ夜明け前などは
特に深く
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窓の外に 思惑の嵐
とどまる場所はどこにもない
部屋の中に 思惑の囁き
逃げこむ場所はどこにもない
東風がいう
僕らはゆく季節
まい落ちる真白い好きに汚れても
そっと指先なめて
不透明なやさしさをさしだしたい
空の上に 思惑の静寂
僕らのこころが青ならば
凍える冬は
どこにもない
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どこからか流れる
血が瀑布を通り
水玉重なり鮮やかに
透ける世界
裏切りのない色は
無重力の自由を念い
樹となり
花となり
雲となりに
のこしても見届けず
もうおちる
飛沫の余韻を
せめて響かせて
凍らない流れに還ればまた
姿形忘れて
一条の河
それでも濡れた指が
紆余曲折の腕を昇る
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僕は守られていると
本能にしがみつく
欲望が云う
僕は歩かされていると
現実を迷う
歩幅が云う
その真ん中
掌の懐中時計のネジを
きにして回し続ける日々に
時折カチリと大きく響く
鼓動の一音を聞き
時を知る
その真ん中
新芽を揺さぶって
灰色のアスファルトの昏迷を洗う
雪解けの一音を聞き
春を知る
増えていく旋律は
遠のくばかりに
こだまする
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ちいさな靴をみつけた
一息で年月を吹きとばすと
花のかざりをつけた
エナメルの靴だった
少しこすると
ぴかぴかと大好きな艶を
思いだして
むかし私に似合っていたことをほんのりと教えた
エナメルの靴はそれから
もう履かれないさみしさにひとなでされてから
また箱にしまわれた
けれど人との記憶は
履きつぶせないから
会いたい
会いたいと
そればかり
私に忘れられないあなたと
穏やかな忘却の箱にしまわれたエナメルの靴
どちらが豊かな旅路だろう
そこはかとなく
なにかがとけていくような
記憶の旅情がすぎるとき
私はかろうじて
片道切符で
ふみとどまる
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願いを賭けそびれた星屑が落ちる間に1秒は過ぎて
あの人をのせた車が走り去る間に10分は過ぎて
紫陽花をゆくカタツムリの歩幅の間に1時間は過ぎて
初恋を追いかけるように
1日は過ぎて
思い出したように1年を拾いあげる
そこで見つけた忘れ物と
抱きしめていた宝物
どちらも貪欲に執着し
静かな覚悟の谷間に後悔を投げ捨てて
たったひとつだけでも
差し出せる自慢の品を丁寧にしまってから
雨上がり大地が起き上がる空の下
君と会いたい
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赤とんぼのとまどいを
人差し指でごまかして羽根をつかめば
君はここにいる
ぼくのわがままの底へおちていく
君の凛々しき探求への挑戦は夕日の朱
寂しくて仕方がないぼくの頬を染めるもの
愛しく暖かいと想う
明日もまた見たいと想う
ほんの少しの哀しみが
宇宙にたどり着く前にこんな色を見せるのなら
白波の空にのせて言伝てて
赤とんぼの舞う道をはいあがりたい
まつ毛の先の灯をたよりに幻の星座を見つけて
指さして笑いあえる君とぼくは
真正面で出会った重力を知っている
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みなさんこんにちは
みなさんさようなら
わたしの思想は
いつもこの間を旅をする
ときおり戻ったら
この腕に力いっぱい抱きしめて愛していると伝えては
この愛が
旅の先のあの人に触れたらいいのにと
またやんわり送り出す
銀杏の木の下をなにげなく歩く間も
再び持ち帰る
枯れ葉の死臭に包まった無二の孤独と好奇心がわたしばかりを愛さぬように
この腕はあたためて待っている