詩人:リコ | [投票][編集] |
あなたを忘れる事が
悪い事なのだと
白髭の彼は言う
中立的で正義を持たない彼が初めて言葉を発する
記憶温存は
電灯と蛾の距離を
測り続ける様だ
そこは
変わり続け
朽ち続ける
変わり続け
朽ち続ける
妖精に憧れる彼女が舞い放つ
痛々しい鱗粉が
光の粒と埃と解け合い
わたしの肉体を照らす
夜だった
あなたがいて
彼がいて
わたしはいない
あなたがいて
彼がいて
わたしの魂は
そこにはなかった
世界中の当然と普遍としきたりと愛を集めるとする
砂糖菓子みたいに
ひとつに固め
それを彼に食べさせる
すると彼の咳払いひとつで
今、目の前で絶えた蛾は甦り
キラキラと自身から光を放ち
美しい妖精に姿を変える
彼はそんな事は出来ないと言う
けどそんな夢を見るのだとわたしは言う
彼は笑う
わたしの魂は
彼を離れあなたを離れ
夜よりも深い闇の中にいた
電灯も暗闇も蛾も光の粒も無い
わたしは朝しか来ない場所にいた
そこは何よりも
深い闇をはらんでいた
わたしは死に絶えた蛾を拾い
手の平に乗せ、その綿密な網目状の羽と
指についた灰色の粉を見る
彼は笑みを湛えたまま
わたしを見下ろしている
わたしは笑っている彼を非情だと思う
電灯が消えた
彼の姿は一時的に見えなくなった
数匹の蛾の羽音と
完全な闇に包まれた場所に
わたしは立っている
肉体だけで無く魂も共に
暗闇は数秒で終わる
電灯がつく
再び姿を見せ
彼は笑う
わたしの足下を見ている
地べたには
わたしが手にしていた蛾の亡骸が落ちていた
彼は咳払いをひとつする
蛾は朽ちたまま
わたしの足下に横たわっている
わたしはそこを動けずにいる
電灯と蛾の距離を測り
暗闇の中に蠢く羽音を聞いている
あなたを忘れる事は出来ないのだ