詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
二十年ぶりに訪れたその町は
すっかり変わり果てていた
とはいえ
うるおぼえながらに車を走らせる
と道路沿いに赤い自販機が目にとまる
そういえば喉が渇いた
車をとめて自販機の前に立つ
すると自販機にはボタンが一つだけだ
どうしたものかと悩むぼくの後ろに
初老の男が並んだので先をゆずる
男は小銭を入れボタンを押す
ガシャンと音をたてて缶が落ちる
男はそれを取り出すと
「お、今日はコーラか」と言うが早いか飲み干した
男の話によると
昔この町の一人の女が
この場所で愛する男と待ち合わせをした
ところが待ち合わせの時間を過ぎても男は現れず
女はそれでも待って
待って待って待って待って
次の日もその次の日もその次の日も
数日後
そこに通りかかった見知らぬ男が
(差し詰め、夜勤明けのタクシードライバーか
または、ちり毛のトラック野郎だろう、とも)
女を自販機と見間違えて
小銭を入れてしまった
それきり女は自販機の姿になった
「本当の話かどうかは知らんがね」
と言って男は去っていった
そんな話はどうでもよかった
喉が渇いていた
小銭を入れてボタンを押す
ガシャン、とにぶい音をたてて缶が落ちる
手に取るとそれはコーヒーだった
車に乗りこみエンジンをかける
缶のふたを取り、ググッとひとくちふくむ
と同時に吐き出した
塩水だった
「ちっ、ハズレたのか」
赤い自販機をミラー越しに見た
が
二十年前、この町に仕事で一週間滞在し
その時にたった一晩を共にした
髪の赤い女のことなど
思いだしはしなかった