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[100355] 錆びれた歌は愛の器に丁度いい
詩人:フィリップ [投票][編集]

滑らかな表面の
ツルリとした器の中には
波打つ水のように
透明なものが張っていた


私が手を触れる度
危うく揺れるそれは
誰の耳にも聞き取れない程の小さな音を立て
なだらかに、かつゆったりとした動きで
右から左へ反れていく

それを防ごうとして
再び器に手を入れて
流れをせき止めると
遂には器から溢れ出て
私の手の届かない所へ
こぼれ落ちてしまった


もう止められなくなった
それを追ううちに
いつしか私は戻り道を失ってしまい
外界のいかなるものも
受け入れたくなくなって
小さな手で両目を塞いだまま、そこに座り込んだ


透き通っていた愛など
もう何処にも無いと
朽ち果てた無色のギターを取り出して
錆び付いた声で
歌を歌った

すると何故だか
涙が乾いてしまった

湿っぽかった目元は
カラカラになっている


もう戻って来ないものを
窓から放り出して
私は軽く呼吸を止めた

永らく閉じていた目を
開いてみると
錆び付いた表面の
ザラリとした器の中には
波打つ水のように
透明なものが張っていた

2007/04/16

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