詩人:赤速
鉛筆と小刀とスケッチブックとを持って、
杜の公園を目指します。
絶望に暮れる朝は、背広と制服の流れに逆らい泳ぎます。
僕自身の制服は箪笥の中で眠ってもらいました。
かすかな罪悪感とわずかな開放感を息継ぎするのです。
意味のない毎日に辟易していた。
目的もなく通う学校。煩わしい人とのつき合い。
自由が欲しかった。独りで生きたかった。
でも、そうなるための努力はしなかった。勇気がなかった。
それならいっそ、死んでしまおうか。
辛いことは、もういらない。
楽しいことも、なくていい。
なにも考えずに楽になりたい。
自殺するなら母のように飛んでみようか。
鳥になれると錯覚し、ベランダから飛び立った母。
僕の鼓膜に焼きついて消えない、彼女の悲鳴。
それは墜落の失望? 或いは解放の歓喜?
地面に叩きつけられるまで刹那、何を考え墜ちたのか。
鉛筆と小刀とスケッチブックとを持って、
杜の公園へと泳ぎつきました。
暖かな陽射しが緑を映し、人々は微笑んで過ごします。
僕と云えば、片隅のベンチで疎外感を感じながら、
美しい光景をがむしゃらにスケッチするのです。
5Bの鉛筆が僕の心の出力装置だった。
公園の木々や、行き交う人々を画用紙に描きとめる。
僕の心を織りまぜながら描いてゆく。
この時間だけは、僕が僕でいられると信じられた。
やわらかな芯の鉛筆はすぐに減ってしまう。
折り畳みの小さなナイフで、それを削り出す。
なんてことはない作業だが、その日はぼんやりしていた。
剃刀のような薄い刃が、ザクリと指先に食い込んだ。
どす黒い血が溢れだす。
スローモーションで伝い流れる鮮血。
ぱっくりと割れた傷口がズキンズキンと燃えるよう。
嗚呼、なんという確かな痛みだろう。
僕は今、生きている。
僕の血と僕の命。当たり前の事実に心が揺れた。
なぜだか分からない。生きていける。そんな気がした。
傷口を舐めると鉄の味がした。
鉛筆と小刀とスケッチブックとを持って、
杜の公園で溺れていました。
溺れながらも、流れる血の温かを確かに感じました。
遙か上の水面には、まだ戻れませんが、
水の底から見上げると、太陽の光がキラキラと揺らめくのです。