詩人:善田 真琴
小六の頃、修学旅行の大型観光車両の停車せし折り、窓より路傍にて小便垂れし大人の背中、目に止まりにけり。ぐるりの人もみな気付ける気配なれど、言ひ出す人とてなく気詰まりの空気なりき。
「思ふこと言はざるは腹膨るる業なり」と兼好法師の書きにし如く、更に使命感も手伝ひてか、「あれに小便垂るる男あり」と嗤ひつつ言ひ放てば、我慢の後の放尿感にさも似たり。
然れば、隣に座り居りし女子のおもむろに言ふやう、「みな知りしをただ言はざる許りなり」とて我を叱れり。それは、小一の幼き日に教室にてお洩らしせし我のために、「かれの家は、妾の家の隣なれば」とて、着替えを取りに走りし女子なりけり。
当時、「女子は大人にして、男は勝つ能はざるなり」と思ひ至れど、今も変はらぬ定理なりとぞ。
くらべこし
何時しか越えぬ
妹が丈
下に見つつも
見守られけり
(詠み人知らず)
【歌意】
比べ合った背丈も、何時しか僕が君を抜いて、下に見るほど高くなったけど、見守られているのは僕の方だったよ。