詩人:トケルネコ
どっかの工場の廃墟で僕たちは目覚めた。
孤独な瞳と、少年の眼差しを持って。
朝焼けが破れたガラスを透かして、倒れた椅子を、揺れる埃を、動かないモノたちを映す。
少女が言った。
『ねぇ、あなたの名前は?』
どこか懐かしい声…。
廃墟の空気はどこまでも澄んでいて、僕は何故か無性に泣きたくなる。
『そぅ…あなたも忘れてしまったのね』
少女の声が谺する。
僕はリュックの中から甘いコーヒーを入れた魔法瓶と
少しばかりのお菓子を取り出す。
『お腹‥空いたろう?』
少女にお菓子を手渡すと、少女はゆっくりと頷いて、
微かに笑った。
『名前は、また探せばいいさ』
僕は広く無機質な、それでいてどこか暖かい廃墟を見はるかす。
『冒険は始まったばかりだものね』
少女がまた、今度ははっきりと笑う。
そう、冒険はまだ始まったばかりだ。
僕は少女の手を握って、軋む鉄の巨大なドアを開けた……。