詩人:千波 一也
記憶の糸を手繰り寄せれば
大樹にそよぐ
風の音が
聞こえてきます
忘れることも
留めることも
おそろしく容易であるので
誰もがその指先を
震わせてしまうのでしょう
昔、愛したひとがいます
そろそろ口癖も忘れました
が
昔、毛嫌いしたひとがいます
下の名前を思い出せません
が
昔、夢を語ったひとがいます
すでに消息は不明です
が
願いが叶うのならば
いまいちど
再会したいものです
笑顔で再会したいものです
おそらくは遙かな隔たりのある空のもとで
わたしは今日も
記憶の糸を手繰り寄せます
会えるひと
会えぬひと
もしくは
会わぬひと
今年もいつのまにか実りの季節
霞んでも
薄れても
あの日の体温だけを指先に思い出しつつ
願いはいまも
ただ一つ
わたしの名前も
ただ一つ