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[85561] 海の匂い

詩人:千波 一也


昆布の匂いがする、と

おんなの言うままに

おとこはそっと確かめてみる



漁師町で育ったおんなは

季節ごとの海の匂いを

知っている



おとこは

ただなんとなく海がすき、という

その

曖昧さに恥じらいながら

闇の深い方へと顔を向ける

海の匂いを嗅ぐために

おんなに隠れて

笑むために



  わずかな汗と吐息と潮風

  タバコとガムと微かな香水



狭い車内はいつにも増して狭く

開け放った窓からは

遠く

霧笛が聞こえ来る


どの舟のために

あの霧笛は鳴っていたのだろう



      BGMは覚えていない

      触れあう唇の柔らかな音と
      
      つかのま離れるその音の
      
      連続と

      指先と首筋と背骨の手触りと

      鈍い光を放っていた缶コーヒーの
      
      おぼろな形と銘柄と

      そういうものを覚えている


      果てしない世界の片隅で
      
      ふたりはおなじ
      
      海だった




湿度の高い眠りのよるに

海の匂いがよみがえる



寄せては返す波たちの

在るべき場所の

海の匂いがよみがえる



2006/09/12 (Tue)
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