[792] 雨天の悲劇 |
「雨、止まないなあ」
つぶれたパン屋の屋根の下、男女二人が雨宿りをしている。
男は片山、女は西川という。
片山は西川と会うのは初めてだが、なんとなく話しかけてみた。
西川は軽く微笑みながら頷いた。
話題なんてものはない。互いに何が好きで何が嫌いか、そんなものはわからないからだ。
しかし無言でいるのも退屈だ。
片山は適当に最近のドラマについて話を振ってみる。
「あのドラマ観てます?あの俳優の小野坂なんとかが出てる」
「ああ、小野坂忠彦ですか?」
「そうそう」
そのあとも適当に話をしたが、あまり覚えてはいない。
出会いも運命なら別れることもまた運命
そんな台詞が印象に残る恋愛ドラマだったが、ヒロインの浅野某という女優がタイプなので観ているに過ぎない。
会話をするうち雨がやむ。
「ではお先に」
西川が走って行く。
それをただ片山は見ていた。
「ああ行ってしまった」
片山は一度でいいから女付き合いをしてみたかった。しかしあまりに彼女が優しかったために出来なかった。そこに可愛らしい女性が雨宿りをしている。思いを告げるには十分なシチュエーションの筈だった。
その翌日の新聞にある記事が目に止まる。
「〇〇県〇〇市茅町幸子さん(23)暴漢に襲われ死亡」
犯行発生時刻はあのつぶれたパン屋の屋根の下で彼女と別れたほんの数分後だった。
もしかしたら自分にもう少し勇気があって彼女を引き留めて思いを告げていたら死ぬことはなかったかもしれない。
[793] 猥雑将棋 - どるとる
いつからなのか。気づかない間に街は開発され私が知っている街とは様変わりしてしまった。 「あれもそう。私らの頃にはなかった代物」 知人の指がでんと聳える門を指差した。 門の片側には料金所のような小さな箱形の建物。 あそこで出たり入ったりをするわけだがここは県境。 つまりは県にある門だから県門と呼ばれるわけだ。 あれがあるから他県の人間が簡単には入れないし、出ることもままならない。 今日も一人誰かが国を出ようとして止められている。 あんな光景は日常茶飯事だ。 将棋をうちながら話していると、王手を知人に決められた。 今見ている光景はテレビから発信されている映像で、 逃げる手を考えながらもテレビに目はいく。 出ようとしていた人物にカメラが行くとその人物は今まさに目の前にいる知人。 「ビルもない。コンビニもない畑ばかりのこんな街からはよう出たい。出せ。出せ。出せ〜」 知人を見ると知人は照れ臭そうにして 「まあそんなこともあったべな」 そう言って自分の桂馬を取る。 ずばり知人は県の長である。 2016/09/08 12:36
[794] 策謀 - どるとる ある男が女性を街中で殺害した。 ナイフを手に男は血まみれになっている。 やがて警察に逮捕され取り調べをしていると、刑事が男に殺害動機を聞いた。 「なぜ、殺害したんだ?」 男は思いを寄せる彼女のストーカーで朝、女に声をかける男を見かけた。 男を尾行すると男は女性について話をしている。 「やっちまおう」 そんな会話が聞き取れて彼女を守るために女性に男のことを言ったのだが聞き入れてもらえず口論の末にあやめてしまった。 それが言い分だった。 しかし女に声をかけた男たちは自分たちは劇団の人間でただ近々やる現代劇の舞台稽古をしてただけだという。 男は勘違いで女性を殺してしまったのだ。 やがて男は裁判で有罪になり、数年後刑期を終え、刑務所から出た。 男は無表情だったのがとたんに笑顔になり 「ざまあ」 そう言って立ち去った。 2016/09/08 12:50
[795] 果てしなき書斎 - どるとる 「先生、早く原稿上げてもらわないと。もう締め切りからだいぶ過ぎてますよ」 若い編集者が先生と呼ばれる人物と電話で会話をしている。 電話先の人物はSF作家の重鎮筒井。 「だいたい、今時原稿を紙に書くなんて古いですよ。みんなパソコンでやってます」 若い編集がそう言うと筒井は毅然として 「パソコンなんてのは邪道だよ君。小説なんてのは紙に書くもんだ。紙に」 「今から行きますから。待てるのは明日までです。半分は仕上げといてください。今夜は徹夜ですからね」 そう言ったあと編集は自らの車で筒井宅に向かう。 郊外にある筒井宅はさながらドラキュラ伯爵の城に見える。扉横の呼び鈴を鳴らすと勝手に入って来いというので中に入る。 中に入るとずっと長い廊下が続いていた。 いささか空気の流れがゆっくりに思えるが、書斎に向かう。 途中、振り返ると先ほどまであった入り口がない。ただずっとどこまでも廊下が続いているだけ。 その後、筒井に携帯電話で連絡をとると改築したから少々家が複雑になっていると話す。 筒井の言われたとおりに書斎に向かう。 ジャングルのような密林を抜け、豚が人間を解体する工場を通り、巨大な水槽の水の中を泳いでいくと急にまばゆい光に包まれる。 「おい」という先生の声に目覚めるとそこは書斎で、先生に先ほどまでのことを話すが、先生は改築などしてはいないよという。 廊下を見ても普通の廊下があるだけ。 夢でも見てたんだろうと言われる。 寝ている間に原稿を書いたらしく、チェックをする。 チェックを終えたあと原稿を持って家を出る。 無事仕事が終わり良かったと安堵したのもつかの間一歩家から外へ出るとそこには宇宙が広がっていた。 電話があり、とると先生からで 「ああ言い忘れていたが、家の中は改築していないが庭をちょっといじったんだ。迷わないように帰ってくれ。忙しいのででは」 2016/09/11 17:02
[796] レッドカード - どるとる 草サッカーを見物していた中年のサラリーマン。 「昔は俺も、あんなふうにサッカーやったなあ。しかし今は人生の退場者。会社の若い者からは邪魔者扱いされる始末」 駅の券売機で切符を買い会社に行こうと電車に乗るため改札を出る時に ピーという音が鳴り、駅員にレッドカードを出された。 訳がわからないでいると駅員がさも当然のように言う。 「あなたは駅を利用することは出来ません。覇気のなさを表すメーターがレッドゾーンに位置しているので」 仕方なくとぼとぼと帰る。 どうせ定年まであと1ヶ月。一月定年が早まったと思えばいい。 そう思いコンビニで握り飯とお茶でも買おうとしたが、またもやレッドカードを出される。 仕方なく自販機でビールを買おうとしたがレッドカードですと表示され買えない。 俺はわずか数百円のビールも買えないのかと肩をおろして、むなしい日々を暮らす。 もう生きるのが堪らなくいやになりビルから飛び降りようとした。 しかし飛び降りる寸前、数人に取り押さえられた。 「レッドカードです。レッドゾーンの方は、自殺は許されません」 「俺は死ぬこともできないのか」 そう呟きながら押し付けられるように残された大量のレッドカードの山をビルからばらばらと投げ捨てた。 ビルの真下の路地には同じようにレッドカードを持った数人の人間がレッドカードを燃やしながら焚き火をしている。 ホームレスになった彼らは仕事に就くことさえもできない。 数年後、ホームレスになった中年サラリーマンはレッドカードの散らばった路地を徘徊しながら今にも雨が降りそうな空を見上げ宛もなくふらふらと歩いていく。 2016/09/11 18:22
[797] 出世への道 - どるとる 今坂は白髪が混じった年になってもいまだに平社員。 勤続40年。真面目にコツコツやってきたのに窓際社員と呼ばれる始末。 同期の人間はみんな上に行き俺は山の麓で書類整理なんかをやらされている。 ある日、人事移動があり、別の課に移動になった。 ささやかな形ばかりの飲み会をし、酔ったまま帰路に着く。 飲み足りずテレビのニュースを観ていた。 真面目な社員よ今こそ下克上の時! 真面目な社員に出世コースに乗れる! 翌日、新しい課に挨拶に行くとヨッ出世頭!と言われた。 それからあれよあれよという間に社長になった。 窓からの眺めに一喜一憂しているとお茶を秘書が持ってきた。 社長になってため息が多くなった。平よりもずっと責任が問われることもままある 平のあの頃のほうが良かったなあと今坂は後悔をしたのだった。 2016/09/11 19:50
[798] お客様検定 - どるとる お客様は神様ですなんて台詞はこの頃聞かない。 ただ、お客様検定が広がってからは級ごとに入れる店が決められている。 級が上がるごとに客のレベルも上がり、もちろん一級ともなるとマナーはもちろんのこと様をつけたくなるほどの立派な立ち居振舞いをする。 店員が気を遣うのではなくお客様に気を遣っていただくことで店員の労力を軽減するためにも一役買っている。 やがて広範囲に渡って検定は広がって公園のトイレや、銭湯、店ではないものにまで級が定められ入れる人間は級ごとに分けられた。 やがて自宅にまでその牙は伸びて お客様検定一級専用自宅となって帰れずあぶれた人間がホームレスとなる新たな問題が生まれた。 一級を取ろうにも莫大なお金と学力を要するため富裕層しか一級を所持できない問題点があとから出てきたのである。 2016/09/11 19:58
[799] 選択肢 - どるとる 小林は昔から優柔不断な男だった。 何をするにも人より選ぶのが遅いので昼飯を外で食べる際に、選ぶのがあまりに遅いので同席していた彼女に嫌われるくらいだ。 会社の食堂で、その日も迷っていた。 B定食は煮魚定食。健康を気にするならこっちだが、 A定食は焼き肉定食。腹持ちがいいのは間違いなくこっちだ。 「うーんどうしようか」 迷っていると、ついに休み時間が終わって休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ってしまう。 大好きな競馬の馬券を選ぶにも迷う。 第一レース。本命はタイカイオー。 しかし、ダークホースであるシバノックも捨てがたい。 さんざん迷ったあげくその日は馬券を買わずに帰った。 ある日、やっと出来た彼女に些細なことで振られた。 公園の出店でソフトクリームにするかフランクフルトにするかで迷って、彼女にきつい言葉を浴びせられてついカッとなって手を上げてしまったためだ。 悪いのは自分だが、謝るのもシャクなので別れたままついに半月が過ぎた。 会社の仕事もうまくいかずこのまま死のうとしたが、死に方にさえ迷ってしまう。 死にたいが、しかし苦しいのは嫌だ。痛いのもごめんだ。 楽に死ねるならそっちのほいがいいに決まってる。 決められずに死ぬのを断念した。 ふらりとコンビニに買い物に行った帰り、乱暴な運転で青信号で無理やり曲がってきたダンプに跳ねられ呆気なく死んでしまった。 天国の門の前で門番にたずねられる。 「あなたが行きたいのはどの天国ですか?」 「?天国はひとつではないのか」とたずねると 「天国も日々開拓されてまして、行ける天国がひとつまでと決まってはいるんですが、行ける天国はざっと五万近くあるんです。どれにします?」 モニターには案内図が映し出された。 どうやら死んでも選択からは逃れられないらしい。 2016/09/14 12:38
[800] 天国の受験 - どるとる 「死んだ奴は気楽でいいよ。一ヶ所落ちたくらいで死にやがって」 その頃天国。頭に輪っかを乗せた子供が下界の様子を見ていた。 「人間は勝手なことを言うよな。こっちと変わらないのに」 モニターを見ていた子供は後ろから母親に怒鳴られる。 「来週試験でしょ。遊んでないで勉強しなさい」 どうやら天国にも受験や試験はあるらしい。 2016/09/14 12:45
[801] 代償 - どるとる 岡島は非情な男。 女には冷たいし、乱暴を絵に描いた人物だ。 ある日バスの中で痴漢に遭っている女の子を見つけた。 だが、見て見ぬふりをした。 女の子と目が合うと助けてほしいという目をしたが、かかわり合いになりたくなくて目をそらした。 目の前で財布を落とした人を見ても財布を拾ってそのまま猫ババをしたり、 恐喝にあっているおじいさんを見過ごしたりした。 ある日、電車の駅のホームで後ろから急に押され線路内に落とされた。 そこに電車が入ってくる。 瞬間立ち上がろうとしたが足を捻ったらしくうまく立てない。 引き上げてもらおうとして周りに助けを呼んだ。 そこに一人の女の子が駆け寄ってくる。 「ああ助かった」と思ったのもつかの間その顔に見覚えがあった。 この前痴漢に遭っていた女の子だ。 いつの間にか女の子の周りに集まった連中にも見覚えがあるやつばかりだった。 線路から這い上がろうとするが、そのまま突き飛ばされてそこに入ってきた電車の下敷きになった。 岡島の悲鳴が上がりやがて電車のブレーキ音にかき消された。 そのあと、たくさんの歓声が上がりそこにいた全員が立ち去るとホームには再び静けさが戻ってきた。 2016/09/14 12:57
[802] 極道の嗜み@ - どるとる 古くから続くヤクザの世界に身を置く八木沢は鷺沼組の中でも温厚で義理堅くそれゆえに慕われている存在だ。 しかし少々変わったところがあり、拘りすぎる面があるのだ。 たかが珈琲の銘柄や淹れかたにしても自分で気に入ったものでなければ飲まないし、服のファッションもヤクザのくせにアメカジにしか興味はない。 ただし、喧嘩はめっぽう強く負けたことがないという噂だ。 子分の安本、通称ヤスを連れて買い物に行く。 マグカップを買いに来たのである。 ヤスに八木沢はたらたらとマグカップについて自分がいかに拘りを持っているかを延々と語って聞かせる。 マグカップの材質、形状、色、そしてなんといっても唇をつけたときの感触や手触りまですべてが彼の拘りにマッチングしたマグカップだけが彼の愛用品になれるのだ。 (男は拘る生き物。それが男) それが男八木沢の信条である。 男、男としつこいようだが、彼は男であることにも拘りを持っている。 男足るもの女にはやさしくあるべき。 男足るもの一度決めたことは曲げないこと。 様々な拘りを持っている八木沢は自分を拘りのアマゾネスなどと訳のわからないふたつ名でヤスに呼ばせていた。 「いいか、ヤス男はな、拘れなくなったり拘りを捨てたらその時点でもう男じゃねえ、ただの人間だ」 などと毎度のことながら要領の得ない理解不能なことを言いながらマーケットの中を歩いていく。 結局彼の拘りにマッチングするマグカップは見つからなかったようでその日は手ぶらで帰った。 ある日八木沢はとんでもないものに拘り出す。 それは花の世界。 つまりはフラワーアレンジメントだ。 花を生けてしかもそれをアレンジしちゃう。 ヤクザには到底似つかわしくはないが、彼は本気だった。 どこまでこの人は行くんだとヤスは半ば呆れながら彼の拘りぶりを冷ややかにそして穏やかに見守ることにした。 2016/09/15 12:38
[803] 極道の嗜みA - どるとる だが、フラワーアレンジメントの世界は3日と持たず拘り飽きたらしい。 ヤスが気づいたときにはもうべつの拘りを見つけてそっちに鞍替えをしたようだ。 瞑想への拘りときて次に安眠の拘り、掃除の拘り。 世界は拘りだらけで満ちていると思わせる彼の拘りぶりは様々な分野に彼を誘わせた。 いつしか彼はノーベル賞をもらった。 テレビの中にトロフィーを手にした八木沢が嬉しそうにインタビューにこたえる様子が映る。 「この28年間ただ拘り続けた人生です。それがただこういう形で結果になっただけです。ありがとう」 ヤスはどこに行くんだろうこの人はと思った。 やがて八木沢はヤクザから足を洗うと冒険家に転身し、今はアマゾンの秘境を探して探検隊を組みいまだ見ぬロマンを追いかけている。 その顔はヤクザでいた頃よりむしろ幸せに満ち溢れている。 2016/09/15 12:45
[804] 視聴率の男 - どるとる
いい番組を作る。彼の頭の中にはそれしかなかった。
視聴率UPの為ならば容赦なく他人のプライバシーを侵していく番組プロデューサー御法川。 マスコミをうまく利用し、根も葉もないでっち上げを作り芸能人を陥れる番組で一躍人気者になった。 彼をテレビで見ない日はない。 ある日、突然彼は自宅の前でインタビューを受けた。 「あなたが、有名な御法川さんですよね?」 そうだと言うと次々に質問された。 調子に乗った御法川は本を書いたり、人を集めて怪しげな会合を開いたりした。 最初は乗り気だった御法川もマスコミのしつこさに嫌気がさしてきた。 しかしそれでもいい番組を作りたい彼はプライバシーを犠牲にして自分の番組を作った。 しかし、その番組内であることないことをでっち上げられる。 自分はそんなことは知らないと言うのだが誰も信じない。 「またまた御法川さん冗談がうまいんだから」 スタッフ一同は笑うだけで一向に番組を中断する気はない。 カメラにつかみかかり、撮るのは寄せと怒鳴ると 「あなたが今までやってきたことじゃないですか?ああそうだ番組のために死んでください。いい番組作りのためですから、必要な犠牲ですよ」 スタッフから追いかけ回される。 そんな中でもカメラは回り、テレビ局内を逃げ回る御法川を映し続ける。 やがて屋上に来て、御法川は逃げ場を失う。 「やめろー」と叫んだとき運悪く足を滑らせ転落する。 地面に激突する御法川がズームUPされていく。 「なぜオレがこんな目に遭うんだ。いい番組を作りたかっただけなのに」 そう言って頭から血を流す御法川は事切れた。 視聴者たちの笑う絵が映る。 その瞬間、最高視聴率を叩き出した。 「すごい視聴率だ。いやぁやっぱり御法川さんは視聴率の神様だな。全く御法川様々だよ」 スタッフはげらげらと笑い飲みに行く相談をしながら屋上を出る。 2016/09/29 12:42
[805] 自分教 - どるとる 「自分を愛すること。それこそが究極の愛であり我が自分教が目指すものであります」 白いローブに身を包んだ教祖が演説をする。 井岡が人生に疲れはて心の拠り所を求めて入信した宗教。その名は自分教。 自分教の宗教理念はその名の通り一心不乱に自分を愛すること。 ただ、それが難しい。自分を愛する。自分を愛し尽くす。 教祖のありがたいお言葉を何度も心の中に巡らせながら井岡だったが、 事業に成功するともはや自分教などと縁切りをしたくなった。 しかし宗教をやめる手続きをしてほしいと願い出ると教祖は笑って井岡を入信者にメッタ刺しにさせた。 教祖は言った。 「自分を愛する宗教が自分教。 私自身ももちろん自分を愛している。自分を愛する人間として自分の意思に反する行為をされるということはあってはならないのだ。 ゆえに君には死んでいただくよ」 2016/09/29 23:13
|