詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
目をとじて
しずかにとじて
名前を思い出しなさい
あなたが
その目をあけたとき
そこにいてほしいひとの
名前を思い出しなさい
それが出来たら
独りぼっちはもう終わり
微笑むもよし
はにかむもよし
甘えてみるのもよし
その目に映る
いとしいひとと
やさしく、
やさしくなりなさい
疲れた、だなんて
まあだだよ
しあわせ蒔くなら
もういいよ
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
鎖につながれたまま
ぼくは海へと落とされた
からだが腐敗していくよりも
錆びついてしまうような、
そんな気配が恐ろしくて
頑なに
ぼくは目を見開いて
泳ぎ去る魚のひれなんかを
数え続けた
果たして
なんの意味があるだろうって
うたがいながら、
数え続けた
この海の
広さについて
きっと誰もが知らなくて
だから誰もが
おののいて
毎夜
ひっそり
懐かしむ
鳥たちと
鳥たちの空へと
あこがれを抱いて
つまずきながら
その都度
こっそり
海を嗅ぐ
もう、
あまりに塩辛すぎる
言葉をたくさん散らかしながら
帰りようもない
海を嗅ぐ
ひと月も経てば
おそらくぼくは打ち上がるだろう
鎖につながれたがる、少年の眼前に
予定どおりに
着くだろう
ぼくはそのとき
なんと名乗ろうか
名乗らずとも、きっと
少年たちは呼ぶだろうけれど
不自由すぎる
慣れた手つきで
少年たちは呼ぶだろうけれど
ぼくは
考えている
昔よりは
だいぶ軽くなった感じで
海藻みたいに
考えている
かたわらに
恋人を縛りつけて
友だちも縛りつけて
優しく、
ていねいに、きつく、
優しさの方角を見失いながら
優しく、と
言葉に
出して
海底の、
海底の、
ずっと浅瀬に
ぼくはいる
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あまりにも
咲き過ぎているから、と
たんぽぽを抜く
紫いろの可愛い花や
可憐にしろい小花の群れは
そのままにして
たんぽぽを抜く
たんぽぽは
花、という肩書きを剥がされて
そこらの日陰に無造作に
雑草として捨てられる
なにごとも
度を過ぎてはいけないことだから
たんぽぽ抜きは仕方ない
控えめで
めずらしい花たちが
捨てられづらいのも仕方ない
わたしの日々も
まったく同じようにして
仕方ないことばかりの
くり返し
積もりゆくたんぽぽの為になど
わたしはひとつも嘆かない
まぶしい陽射しと
にじみ出る汗との不快さに
負けじと黙々
励むだけ
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夜、は
首筋からこぼれ落ちて
かすかに甘い蜜のにおいを
隠している
命令に逆らいたい鳥たちが
もうじきそれに気づくだろう
囲いはすでに
万全なのだ
風がかくまう絨毯のうえで
猛毒は騒ぎもせずに
涙している
おのれの涙と
夜のしずくが
とけ合うように画策している
炎はその背に
氷の縁を負っている
ゆらゆら揺れて、
せめてもの
高熱で
飛び入りたがる者たちを
必死で睨みつけながら
夜、は
ちいさなものほど守れない
歯車が
明白であることだけが
やすらぎと信じて
巨大なものたちが
永遠じみて、
いく
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青空から
おそわった言葉を
思い出せずにいる横顔を
やわらかく演じたら、
気まぐれな風たちの向こうに
緑はあふれて、
揺れている
たいようを
描きつづけることが
いつかの日々の念願でした
ふゆの
寡黙な花びらだけが
そんな欠片に
詳しいのです
かなしい種子は
髪の先まで植えられていて
季節をめぐるたび、
ゆたかに水辺が
広がっていく
そうして辞書は
無口になった
せせらぎみたいな
汽笛を聴いています、
今日も
かけがえのないすべてに
心が溺れてしまわぬように
待つ、ということを
試しています
今日も、
ひと通りのわがままは
日なたでぬくぬく育つから、
眠ってしまっても
大丈夫
素顔でいるなら、
大丈夫
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はてしなく
広がるものは
絶望、に他ならないから
おねがい、天馬
そのたてがみに
一度でも揺らせて
ぼくの
名を
命中しがたい
銀の矛先
大鷲の
視線
おしなべて
這うものたちは
そらからいたみを聴いている
ねえ、天馬
涙の
起源の
うなばらへ
ぼくを運んでくれないか
月の
花弁を
引き裂く爪が
ふしぎと今夜も
温かいから
許して、天馬
口にしては
ならない言葉を
こぼしてしまったこと
どうか、
身代わりに
照らされていて
どうか、
きれいにないていて
黄金が
ゆたかに朽ちるとき
それは、はじまり
物語の
孤独
きらきら、と
寂しい風に
こころを
砕いて
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草木のゆれる
その方角に
わたしはときを聴いている
これまでを悔い
これからを問い
わたしは巧みに
たじろいでいる
雲のちぎれる
その方角に
わたしはことばを呼んでいる
形になるのも
形にならぬも
すべて等しく
祝福したくて
、されたくて
潮騒のけむる
その方角に
わたしはひとを嗅いでいる
愛したことも
憎んだことも
ことばを離れ
波間に燃える
刹那のつみあがる
その方角に
わたしはわたしを生み落とす
救い、といえば
聞こえの良い
つくろい、
拾い、を
さまよいながら
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たわむれが
咲いて、
さい
て
羽のかたちで
だまりこくって
子どもはそれを
真似して
つづく
いのり、だね
放つかたちの
閉じない
ひなた
は
ときどき鋭くて
意地悪だけど
うそと
ほんとは
透明だから
だれのそらにも
染まりやすい
からっぽなのに
満ちすぎて、
しまう
かぜに住まう鳥だけが
そんなかじつを
知っている
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夜は
かしこい生きものですから
ご注意を
いのちの歴史の
夜の多さが
無数の声を
放つのです
係のものはございません
ご注意を
揃った時計もございません
ご注意を
ただし
問い続けることが
いのちでございますので
それだけは
お忘れに
なりませぬよう
友の定義は自由です
愛の定義も
夢の定義も
自由です
それゆえどなたも
お連れさまには
ご注意を
夜は
かしこく
待っているのです
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かがやいた、ら
それで終わり
わずか
数行の詩のような
流れ星です、
こんやも
けれど
それほど哀しくないのは
あんなにきれいな
一瞬だからで
私は
まるで
少女のように
宝石の名などを
並べたりして
かがやいたの、
です
だから
もう、終わり
きのうの私も
おとついの私も
わずか数行の
詩に込めます
そういうふうに
私は散ります
祈りも
はなも
よく似ているの、
です
あ
また
かがやいた、
です