詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
呼び声はまだ
きえてはいない
癒えてはいない
たずね人はまだ
絶えてはいない
やんではいない
ましろな雪は
ゆめの燃えがら
はる待つ
まくら
かたく一途なよわいには
しんしんしん、と
雪がつむ
さけないのぞみは
いちるの翼
まだか、いまか、と
時をしのぐ
静けさはまだ
おえてはいない
逃げてはいない
待ちびとはまだ
さめてはいない
閉じてはいない
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手をつないだら
あなたが見える
まあるい瞳で
わたしをゆるす
あなたが見える
手をつないだら
あなたが聞こえる
ひみつの言葉で
わたしを結わう
あなたが聞こえる
手をつないだら
あなたがかおる
かるい歩調で
わたしをつつむ
あなたがかおる
手をつないだら
あなたがきえる
わたしのなかの出口から
ささいな隙間の入り口へ
あなたがきえる
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ちいさな駅で見送った
あなたの笑顔は
まっすぐでした
こころ細さに折れそうな
わたしの代わりを
つとめるように
あなたの笑顔は
まっすぐでした
とおく、
遮断機の音が鳴り止んで
口からこぼれた
「ありがとう」
直接に、
あなたへ渡せなかった
「ありがとう」
なんにもない青空の
平素なまぶしさは
今なお鮮明です
鮮明に
寂しいものです
手をふるあなたの
かすかな淀み
今ならば少し
みえる気がします
恥じらい混じりのほほえみが
ようやくかなう
今ならば
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雪のみちには月明かり
どこまでもまるく
月明かり
焦りも悔いも寂しさも
ましろな吐息
雪わたり
笑みも望みもなぐさめも
ましろな吐息
雪あかり
つめたい夜には月が降る
なにもかも
離されかけてしまう白の夜
やさしさも
おそろしさも
意味が重なりかけてしまう白の夜
わたしの吐息もまるで他人
あまりに小さな肩身では
すべての一歩が
疑わしい
それゆえ微細に火は灯る
ましろな季節をあばくため
せわしく孤独が
群れをなす
雪のみちには時がない
月明かりだけが
満ちている
てのひらに負う
熱とすきまと柔らかさ
ただそれだけがふゆの手がかり
なにも問わせず
なにも解かず
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地に伏せながら
黒布は一身に熱を浴びている
欲するものは
明るみの向こうの
静寂な守り
守り、という信仰
容易くは脱ぎ捨てられぬ
軟らかな哀しみに
黒布は濡れている
知るべき言葉に
たぐり寄せられながら
黒布は濡れている
緑の匂いの濃い山林は
秩序の檻だ
畏敬のみが押し寄せる
法の中枢だ
監獄とも呼べるだろう
昔
ソレイユは
自らを引き裂いた
奔放な彼の所作は
巧みに姿を整えながら
燃されるべきものを監視している
それゆえ愚かな沈黙は
なお織り重ねられ
地に伏せる
美しく在ろうとする
偽りたちの一切を
ソレイユは導く
起点と終点とが
交わるところの単一色へ
染めあげる
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雨は
嘆きを代弁しない
風は
怒りを
代弁しない
おまえを語れる
他者はない
星は
だれをも照らさない
花は
だれをも誘わない
おまえは
おまえであるしかない
月のうらには
哀しみがあり産声がある
海のそこには
戸惑いがあり残響がある
おまえごときが
推し量れる世ではない
何ができても
何ができなくても
何をのぞもうと
何をあきらめようと
おまえは
おまえとともに往け
価値のわからぬ恥知らずめが
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軽はずみな言葉ほど
健全なものはないからね
自然な
なりゆきの
その背にわたしは乗るよ
いたわりと偽りは紙一重
無情と無償は紙一重
流され過ぎた挙げ句の空には
風の音だけがいつもある
どこか知らない町へいきたいね
あてもなく己の寂しさを
肯定したいね
ためらいがちな一歩の全てに
優しくなれたら素敵だね
罵ってしまおうか
ここいら辺で限界顔で
絶縁するのも良いかもね
未練にも満たない
お荷物ならば
さよなら、は
あまり好きじゃないから
無言で憂いを振りまきたい
いつまたどこで
逢うとも知れない間柄なら
なおさらのこと
誰か
そろそろ拾って頂戴
遠くへいきたい
ただそれだけなんだから
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ふところ広いあの人と
度量のちいさなあの人の
中ほどあたりが
わたしです
勇猛果敢な眼差しと
こわごわ逸らす上目遣いの
中ほどあたりが
わたしです
ひとの間に
ひとをならって
ひとは日になる
鳥になる
わたしのささいないつわりと
叶わぬ夢との中ほどに
誰かのねむりが
聞こえます
わたしの汚ないやり口と
惨めな悔いの中ほどに
誰かの初心が
映ります
ひとの間に
ひとをたどって
ひとつ、ふたつと位取り
ひとかど
ひとごと
ひと通り
真冬をしらないあの人と
火傷ばかりのあの人の
中ほどあたりが
わたしです
遠くへ行きたいあの人と
花を植えたいあの人の
中ほどあたりが
わたしです
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わが子が泣くので
わたしはそっと抱きあげる
生まれたばかりの
からだを包む
そして
なるべく平易な言葉をかけて
わが子の視線の先を見る
ときに
わが子は泣きやまないが
この世にうまれたばかりなら
不安や恐れもあるだろう
滅入りそうでも
いらだちそうでも
わたしはつとめて
揺りかごになる
やがて
寝息をたてるわが子の頬には
ちいさいながらも
涙のあとができて
かわいそうに、と
胸がいたむ
この世には
いつまで泣いても
けっして抱きあげられることのない
赤子がある
かけられる言葉もなく
腕のぬくもりもしらず
泣き続けるだけの
赤子がある
かわく間もなく
こぼれ続ける涙をおもうとき
わたしはわたしの無力さに
なお胸を痛める
「おまえは良かったね」
「おまえは幸せだね」
「おまえは恵まれたね」
わが子にかけるどんな言葉も
後ろめたくて仕方ない
けれど
眠りはじめたわが子のために
その身に宿る夢のために
わたしはこの腕を
けっして解かない
たったひとつだけれど
たったひとつの拠りどころなら
わたしはかならず
失くさずにいよう
ほかでもない
わが子のために
たとえ
狭い、と責めたてられても
のちの道へと続いてゆけ、と
わたしはたしかに
灯っていよう
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ささいな言葉を宛てるにも
勇気がいります
愛ならば
企まないで
ほしがらないで
ただ真っすぐに仰げたら
空は
味方につきますか
かぜに誘われて
かぜに残されて
かぜに守られて
かぜに責められて
願いごととは程遠く
透けてゆきます
なにもかも
人から人へ渡るのは
とこしえの海
記憶に
頼らざるをえない
まっさらな
球形の
海
引き潮とも
満ち潮とも分かちがたい
まばたきの間の
しずくでしたね
思えば
だれしも
つとめて静かな優しさが
尖りませんように
気弱な底が
傷をかさねませんように
言葉すくなく語るにも
ひかりが要ります
夢ならば