詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
幼い日々が
やわらかく在ったのは
いつわりごと、が
易しかったから
不器用な手に
添われていたから
ひとつひとつの横顔は
おぼろ気だけれど
ぬくもる匂いは
きえ去らない
わたしのなかの
幻灯機
ひかりの粒を
寄せあつめたら
おもても裏もなくなるね
昨日は、あした
明日は、きのう
いろを極めた
影たちがつながる
華やかに
ことばを紡げたら、と
願いごとの続く限り
幸せはとぎれない
たよりなげな指たちが
とじては咲いて
咲いてはとじて
息吹は
おわらない
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
過度な
やさしさを
憩わせましょう
つかの間のわき見に
我を返しましょう
欠けても月は元にもどる
満ちても潮は引いてゆく
もっとも深い
日向へ赴きましょう
広げただけの
あなたの両腕に
名前をつけてあげましょう
浅瀬を渡れば傷ばかり
空を仰げば
降られるばかり
やわらかな
慕われやすい布ならば
知らぬほつれも
生じましょう
一度も
己を包まぬままに
しずかに裂けてしまうでしょう
重い扉はそこかしこ
気ままな風も
そこかしこ
いっそ
さびしいままで
くぐり抜けましょう
わびしいままで
もどかしいままで
軽く
すべてに会釈をしましょう
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
あなたが
愛してくれるのは
祈りだけにあかるい
ささやかな
ともしび
星には
なれない歌たちの
ひたむきな揺らめきを
あなたはそっと
抱きとめる
冬の香りが
ゆびの先まで
染みついたから
雪の支度はととのっている
言葉のなかの
静けさにふと歩みを停めて
わたしは星の涙を見上げる
繋がろうとする
川音を聴く
施しようのない石くれが
ゆっくりゆっくりと
胸のなかをめぐる
それは
だれにも
触れられない
ちぎりの息吹
だれの目にも映らない方角へ
わたしたちは傾いてゆく
まもりが
証してくれるのは
ひかりの先とその背中
海が
やさしく富むように
かなたは円く
見渡せない
隣り合う者の
ひとみを受け取ることだけを
唯一かなえて
安らいで
もうじき
雪が降りてきたなら
わたしはあなたを
また見失う
円く
しずくが
寄りあつまって
個々の時計を
狂わせる
なだらかな鋭角の
微笑のなかで
限りのある熱を
まよいのない物語を
告げ終えるまで
ずっと
きっと
そばに
計り知れないものになど
なれなくていい
透けて
すべては
ひとつになるから
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
杞憂に耐えかねた
音、がする
きっと 最も低いところから
きっと 最も遠いところから
そっと 最も高いところへと
そっと 最も近いところへと
のぼりつめている途中のそれ、は
息苦しさの極みだから
誰も手を貸せない
貸してはならない
己の制御がきかなくなって
もう、流れ下るしか無くなったとき
哀しい太陽が非を脱ぎ捨てる
所構わず脱ぎ捨てる
もうすぐ 音が止むよ
もうすぐ ほんとが始まるよ
もうすぐ 音が止むよ
もうすぐ 仮面が崩れるよ
天秤にかけられて
時、がゆく
大切なものも
そうでなかったものも
結局は重たいものに他ならないのに
音、は細部まで
しっかり きっちり骨がある
骨があるから
よくよく擦れて
杞憂が幾重も満ちてゆく
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
卵のきもちはわからない
卵にならなきゃ
わからない
わたしの目玉は殻かしら
わたしを包んだ
殻、かしら?
とっくに無いと思ってた
くだけて消えたと
思ってた
卵のあしたはわからない
卵にかえらにゃ
わからない
きのう、なら
少しだけわかるかも。
だけど
ねえ?きみ
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
高層窓には
飼い馴らされた
セレモニー
夜毎
あどけない肯定が
滑らかになる
背筋は
かたいまま
柔らかな囲いは
重たくなって
屋上からの月はなお遠い
一度、
フェンス越しに
口付けておくべきだった
信用ならない約束を
交わすべきだった
ルビー、と発する
唇のぎこちなさ
そこに
研がれそこねた海がある
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
こころ優しき戦士には
長い剣がよく似合う
寄らば斬るぞ、と匂わせたなら
みだりに斬らずに
済むだろう
こころ優しき戦士には
短い剣がよく似合う
誰にも刃を悟られぬまま
寄り合い、組み合い
暮らせるだろう
こころ優しき戦士には
丸腰などは許されぬ
それゆえ形が肝要だ
こころ優しき戦士には
一歩も譲れぬ信条がある
一人一人の、
貫き通した言い訳がある
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
晴れわたっていなさいね
かなうのならば、
かなう限りは
おまえの空を
喜びなさいね
馳せてゆきなさいね
どこまでも
どこまでも
たやすく
他人を切り捨てぬよう
大きく、大きく、
尽力なさいね
咲いていなさいね
おまえの
愛でる花が咲いたら、
それからさきは
香りなさいね
耳を
すましていなさいね
聴きたいことは二の次に
聞こえることを第一に
とおく、から
近しいものでありなさい
かぞえていなさいね
おまえの指が
頼りなくても、
だれだって同じ
なにもかも同じ
安堵とため息を
繰り返していなさいね
幸せになりなさいね
ほんとの意味も
いつわりの意味も
すべてはおまえの
手のひらのなか
ささやかであっても
温もりに守られていなさいね
つながっていきなさいね
いつか
わたしは遠くなるから、
そうなるまでに、
生を受けたもの同士
けんかなさい
笑み合いなさい
うたっていなさいね
春を告げたり
冬を畏れたり
さびしい理由がわかるまで
愛しなさいね、
愛されなさいね
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
明日の色は
だれにも見えない
必ず見えない
もしかしたら、とか
うまくいけば、とか
思いを
重ねれば重ねるほど
夜は深く染まって
真っ暗だ
明日の色が見たければ
明日を待つしか
手立てはない
そんな
単純な難しさには
眠るよりほかに策がない
赤子なんだね
だれもみな
いくつになっても
いくつかわすれても
目覚めたところから
はじまり続けるよね
だれもみな
明日の色がわかるなら
昨日も今日も
無色だね
涙も笑みも
偽りにしかならないね
明日の色に
思いを馳せて
うまく添えたら上出来で
大きく転けたら良い試練
言葉の数が増えたなら
色にも詳しくなったでしょう
半端な姿勢は
逃げたがり
逃げるものには
明日など来ない
必ず来ない
春、夏、秋、冬
四季を渡って
暮らしていましょう
大なり小なり
変化に富んだ毎日を
明日の色を言うまえに
明日を迎える支度をしましょう
くたくたになって
すやすやと落ち着いて
待つことの難しさに
抱かれていましょう
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
見上げる星よ、きみであれ
痛ましいほどに
疑いようもなく
きみであれ
忘れてくれるな、
燃え盛る目を
忘れてくれるな、
恥じ入る肩を
かろうじての言葉が
きみだった
誰をも
けっして裏切らない
すべてだった
命懸けで
信じていられたか、
いまでもきみは
遠く、はるかな一等星よ
きみであれ
届かなくても
呼べる名であれ
この胸にあれ