詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
橋の途中で車を停めて
海風のなかを
歩いた
きみの
髪が揺れて
ワンピースの裾が揺れて
ぼくは
なにを撮ろうか
どうやって撮ろうか
しろい光に
汗かいて
橋の下には
青い海がただ広がって
空との境を
拒みもせず迎えもせず
ただ広がって
きみは
待っていたんだね
海風にまつわる
香る日を
ぼくも
待ち続けていたんだ
真っすぐに続く
青の日を
橋の途中で車を停めて
海風のなかを
歩いた
待つことをしない
待たれるだけの
やさしい島で
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転んで
ひざを擦りむいて
泣きじゃくる頭には
おそるおそる
手をそえて
「大丈夫か」と
声をかけるより
すべがない
なにか
途方もなく
大きなものに
こころを射抜かれたような
泣きじゃくりもせず
たたずむ者には
かける言葉を
持ち得ない
痛みよ、去れと
ねがうのも
温みよ、
宿れと
ねがうのも
嘘ではないが
その
嘘ではない、ということが
なにを保障するかは
わからない
たぶん
なんにも
保障しないだろう
わたしは
そうして地上にあって
空をながめたり
海をのぞんだり
地上で
唯一の
宝ものを
探そうとしている
誰かのための
やさしさに
なれないものだろうか、と
今日も
無力に
立たされている
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わたしの何かを
湿度はさらう
それが
具体的には
何だったのか
思い当たらせぬまま
湿度は
最低限の言葉だけを
無造作に配置して
汗ばむわたしを
黙視する
得たつもりでいたものが
しずかに綻び始める頃
わたしはようやく
何かに思い
当たる
秒針の
滞りない刻みのなかで
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ほんの、ひと握り
どの
手のひらにも
負えるくらいの
ちいさな
ちいさな
身の丈で
ほんの、ひと握り
ねがいを載せて
せせらぎましょう
いついつまでも
せめて
おのれの嘘くらい
捨て置かないで
見誤らないで
煩わないで
ほんの、ひと握り
子どもの手にも
やさしく編まれる
ささいな舟で
ありましょう
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真夜中に
ひとりで開く小説は
難しさを持ち合わせない
さみしさの入り口、
でした
なりふりかまわず
一途にさまよえたのは
誰にもやさしい夏の日で、
つめたい雨のひと粒でさえ
わたしは覚えて
離しません
軽く、
とびらをノックしたのは
あなたでしたか
ひたむきに
待ち続けたのは
わたし、でしたね
もう
会えないけれど
他人じゃないなら、
あきらめなければならないけれど
小さな峠を越えるたび
ささやかな星を
思い描きます
教えるともなく
あなたが見せた所作のとおりに
奏でるこころの奥底に
おぼろな横顔は
消えて、
なじんでゆきます
鮮明に
わたしが
いまも持ちえない
痛みはそこで晴れていますか
浅く、
遠ざかる
波とよく似たやさしさで
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その
日没に名前はない
幾重にも
さまよう翼が
無効を告げられるだけ
次々と
帰されるだけ
名もなき標は
明々と燃えながら
あまりに
静謐で
無数の火の粉が
我らに降る
貰い火が
勢いづいて
圧倒的にうつくしい
奇跡のうたが欲しければ
瞳を持てば
それで良い
その
日没に
名前はいらない
わずか数秒の永遠を
約束たちは知っているから
もう
十分だから
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ひとを
見下し笑えたら
わたしの優位が成り立ちそうで
ひとを
けなして罵れば
わたしの優位が守られそうで
拳は
きょうも独りきり
石くれ気取りも甚だに
閉じたつもりの
孤独をさらして
拳は
きょうも
虚空のなかで
わたしの望みを
掴みそこねる
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陽光のまぶしさに
水の記憶はよみがえる
ゆらり、と立ち上がるそれは
わたしの肌へと染みるから
懐かしい匂い、という名の
許容がまたひとつ
こぼれ落ちる
おもいでを語れば
必ず虚偽が生まれるけれど
よほどのことがない限り
誰にもそれは裁かれない
そして、互い違いに
向こう岸を見る
そこに至れない
自分を見る
高まる熱は
低いほうへ、低いほうへと流れて
きょうも方々に風が渡ってゆく
当然わたしもその内に在り
外を向いては思いを馳せて
透明な風に置いていかれる
懐かしい言葉、の数だけ
いたまずに済むものと
そっと信じて
空に抱かれて
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忍び寄りなさい、
枝葉にゆれる
子守唄
際限のない
いつくしみなら、
とうに
あなたの
失くしもの
鍵穴が
錆ついたのは
ひとつの区切り
また新しく
かなしみを携えなさい
古く、賢く、裏切らず、
顔と名前の
合致しない場所が
永住の
岸
まばゆい光は
はるか昔の水の密命
囲われなさい、と
変わらずに
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おもいで、と
よく似た部屋では
呼吸がかなしい
呼吸が
まったく叶わない、
なんてことにはなり得ないから
しんしんと、
かなしい
痛み、に
からだは染まらないから
世のなかは海
まったくの、
おぼえたことは
誰かがいつか棄てたこと
わすれたことは
誰かがどこかで願うこと
気泡、と見紛う言葉には
つねに時計が
寄り添って
いて
唯一無二の正しさを
ちくり、ぽつり、と
囁き続ける
いつか
横たえる波打ち際は
きっと誰かの
カーニバル
もしくは誰かの
メランコリー
憶測だけでは
生きられないけれど、
憶測なくして
華はない
だから、
いまはもう
空っぽ、でいい
おもいで、に
なれるなら
名前だけ
でも