詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
竹の林の向こうから
銀の鈴の音
リン シャラリン
夜露は月の輪郭を
ゆるりとその身に吸い込んだ
川霧晴れて すすきが並ぶ
トン カラリン
独楽(こま)が寂しく倒れるような
トン カラリン
下駄が小石を弾(はじ)いたような
茂みの底に息をひそめて虫のまなこは濡れてゆく
大樹の落とした木の葉を踏んで
てんぐ
ひとつめ
ろくろくび
苔むす地蔵に一瞥(いちべつ)くれて
かっぱ
からかさ
がしゃどくろ
鴉は捧げる 魚のいのち
狸は捧げる 草の根 木の実
百鬼に献ずる盃そろえば
宴はいまにも始まるだろうに
それは今宵もあらわれぬ
かくて夜行は常世に続く
のどの乾きと盲目の病み
いちばん暗い護りの途へと
長蛇は流れて
今宵が終わる
始終を見ていた梟(ふくろう)のした
茸(きのこ)の群れが頭(こうべ)を垂れて
夜露はリン、と
砕かれた
まもなく月はそらへと還る
ざわめく声を孕んだ風が
漂う雲を追い払い
月光こぼれる
蜻蛉が渡る
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
窓越しのアルデバラン
暖炉が背中でうたうなら
ベテルギウスは指輪にかわる
ポタージュの香り満ちる星座紀行は
甘くも、はかない
やがて旅人は
アンドロメダへの郷愁にかられてゆくだろう
雪原は手招きをするだろう
吐く息の白さは
束の間だけ美しい
水のいのちが凍れるさまだ、と
浅はかさを知るのは数分の後
ダイアモンドダストの煌めきは天使の誘い
有無を言わさず連れ去ろうとする
天使の誘い
砂時計をこころに留めておかなければ
水のいのちは
砕け散る
それはそれは鮮やかに
砕け散る
毛糸の暖かさに包まれながら冷めてゆく夢を
一角獣座は
鋭く見つめることだろう
氷が笑えば水は俯く
手の温もりは
誰にも届かず消えてゆく
氷が笑えば水は俯く
北極星はいつも
旅人のために明るいのだが
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
こころの機微をおひとつ、どうぞ
かわりに今後もよろしく、どうぞ
わたしの背後のあれこれの
言い尽くせないあれこれの
混じり気のない よろず味
恥ずかしながら母の味わい
ほんのりかおる、沖の凪
およばずながら父の味わい
わずかにみえる、頂の風
いってまいります、御先祖さま
みていてください、御先祖さま
錦をもとめて、こんにちは
錦をもとめて、さようなら
縁の円舞に遠慮は要らぬ
さぁさ、
そのさきそこまで
手と手を結んでみませんか
こころの機微をおひとつ、どうぞ
かわりに今後もよろしく、どうぞ
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
あの日 は もっと
懸命過ぎていた ような
だから
とっても よく覚えているわ
風を
気のせいかしら
いつの間 に
気のせいかしら
和らいだここち ね
どちらも好き よ
あの日も
今も
はざまにたゆたうのが 風なんだもの
私なんかのちから では
私を 選べるはずもないのよ
ごきげんよう
おわかりくださるかしら
ごきげんよう
また 立ち寄るわ
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
虹を渡すのは、雨の純真であるように
雨を放すのは、空の配慮であるように
空を廻すのは、星の熱情であるように
やさしき担いごとは満ちています
あなたを求めるわたしがいて
わたしを迎えるあなたがいて
やさしき担いごとは満ちています
映るすべてをこころに留めるべく
瞳はまあるく備わっているのです
こころを持つすべてのものに
瞳はまあるく備わっているのです
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
日常にくたびれた玄関先で
茶色のサンダルが
ころり
九月の夜気がひんやりするのは
夏の温度を知っている証拠
おまえには随分と
汗を染み込ませてしまったね
サンダルの茶色が
少し、濃い
タバコが切れてしまったから
ちょっとそこまで行くのだけど
おまえも行くかい
濃いめの茶色は無言の返事
出番はまだか、と
サンダル
ころり
靴下よ、さらばだ
土足厳禁の我が愛車
おまえは靴置きケースに移される
運転座席の足元が定位置
うん、
とっても落ち着く距離感だ
夏との別れも
夏との出会いも
わかりやすい方法で
簡単に叶うものなのだね
いざ、タバコを求めて発進
こころに優しい煙のにおいを
いのいちばんに
嗅がせてあげよう
窓を開け放って
ぷかり、とひとつ
星空のした
気持ちがいいもんだ
ぷかり
ぷかり
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各駅停車の鉄道がはたらいている
ひとの数だけ
想いの数だけ
星空のなかで
各駅停車の鉄道がはたらいている
天文学には詳しくない僕たちだけれど
きれいだね
しあわせだね
このままでいたいね
語りは一言でいいのだと思う
流れ星がひとつ、いった
あれは命の燃え尽きる光
そのさまを見届ける者は果たして幾つ在るのだろう
或いは
誰にも気付かれることなく
ただ確実に
満天の星空はカタリ、とまわる
涼しく夜風が吹いたなら
それは
鉄道列車が走り出す合図
無限の時の端っこを
今ここにしっかりと繋ぎとめて
つぎの光を追いに発つ
その汽笛
往こう
透明な乗車券は
手のひらの温度に溶けやすくて
心もとないかも知れないけれど
たやすくは見えないことが
僕たちの美しいさだめ
時刻表のなかには蕾が溢れている
咲き誇る色合いは見えなくても
予感が香る
語りはまだまだ往ける
ほら、微笑んで
満天の星空はカタリ、とまわる
瞬きをしよう
ゆっくり
カタリ
と
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肩が
うっすらと重みを帯びて
雨だ
と
気がつきました
小雨と呼ぶのも気が引けるほど
遠慮がちな雫が
うっすらと
もちろん
冷たくはなくて
寒くもなくて
そのかわり少しだけ
寂しくなりました
車のライトには
たくさんの夏の虫が
雨に濡れていました
二度と羽ばたいてはゆかぬ姿で
ただ
静かに
濡れていました
思い返せば見事に続いていた、晴天
熟した果実の重さに似て
前髪の先から
ポツリ、と
結露
どこかで
たしかな文字が
ゆっくりと滲んでゆく気配
きっと
とても近いところで
とても
近い
ところ
で
車内の窓が曇ってゆくので
外の景色は
少し遠くなりました
そう
まるで
記憶のかたちのような
拭っても
拭っても
窓は曇ってゆくけれど
呼吸は止められません
雨は相変わらず囁き続けていました
うっすらと
うっすら
と
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幾千幾万の人波は終わりを告げない
すれ違う一つ一つの顔を
忘れる代わりに
白の背中が鮮烈に映える
本当は
黒であり 青であり
赤であるかも知れないが
白で良い
すべて白で良い
わたしは背中を確かに覚える
燃え尽きた色だね、と
正面の活火山は笑うだろうか
いま、火薬という名の運命が夏の夜空を駈けのぼる
四方を囲む山々は
その足音を跳ね返し
散りゆく音を一つに束ねて
轟音を織り 地へ注ぐ
そして歓喜は呼応する
密閉された盛夏の地上で
拍手と 舞と 万歳と
宵闇の底で活火山は
ちらり と 横顔を見せた
一つも動かず
然れど黙らず
不意にわたしは
巨大な棺のなかに在ることを自覚した
いま、火種は放られたのだ
あまたの刹那は何処へと還るのだろう
輪廻は優しき永劫かも知れない
あまたの刹那は何処へと還るのだろう
幾千幾万の人波は終わりを告げない
潤んだ瞳を
次から次へ 空へと向けて
遠く遙かへ 駈けのぼってゆく
翼をもたない
その
白の背中で
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ライオンさんのやる気がゼロでしたので
わたしは舌打ちをしました
タイガーさまも同様でした
残念でした
同じくネコ科のクロヒョウくんは
動いていました
しかしながら
その目はとても虚ろでしたし
檻の中を行ったり来たりしていただけです
わたしは憐れみを感じました
反面、アザラシたちは機敏でした
あなたたちには
寧ろ
ダラケていて欲しかったのが本音です
その、
はち切れそうな太鼓腹を
ペシペシと
叩いていて欲しかったのです
でも、
スイスイと泳ぎまわる御姿に
不覚ながらも魅入ってしまいました
少しくらい
顔だけ出して浮いて下さっても宜しかったのに
ところで、
ヤギとヒツジの区別がつきません、相変わらず
ただ、
両者とも
日陰を占領する気質をお持ちであることは知りました
憩いの時間をこよなく愛しておられるのですね
近づくわたしを見つめたその
細い目が
少し怖かったです
エゾシカについては
秋にもなれば
国道沿いにて会えるでしょうから
素通りいたしました
暑さとの闘いもあったのです
それでもやはり、
親しき仲にも礼儀あり
ですよね
今更ですがお詫び申し上げます
直射日光の冴えわたる真夏の動物園は
人間に不向きな場所だと思いました
なぜなら
わたしの願いが叶わないからです
見たいように見たいのに
わたしが見たものは
全て
わたしだったような気がするのです
わたしを
そのような目で見ないでください
直射日光の冴えわたる真夏の動物園には
匂いが溢れています
わたしを
そのような目で見ないでください
と
獣の匂いが溢れています