詩人:さみだれ | [投票][編集] |
化け物は言う
なんて汚ならしい言葉
なんて気味の悪い声!
怒号でもない
悲鳴でもすすり泣く声でもない
意地悪く空を飛んだ
毒ガス兵器だ
それはベッドの上
窓の隙間
庭
道路
山や海を越え
這っていく
化け物は恍惚のみを持ち
見ている
闇のような目
とぐろを巻く蛇が
網膜の向こうで
しきりに舌を出しているんだ!
化け物は語る
その姿形に見合った言葉
何万人もの声を重ねて!
わからない
何を言っているのか
化け物は満足したかのように
悪臭をたてて眠る
その首に
何万人もの小人が槍を突き立て
この腐敗した詩は
土に還り
また生まれる
化け物は言う
なんて汚ならしい言葉
なんて気味の悪い声
歓喜でもない
慟哭でも雄叫びでもない
愚かにも空を飛んだ
空爆機だ
それはテーブルの上
ドアの隙間
門
小道
川や街を越え
燃やしていく
化け物は恍惚のみを持ち
惚けている
闇のような口
暗黒物質が支配する
星と星の間で
光を喰らい尽くしたんだ
化け物は語る
最初からそうだったと言わんばかりに
何万人もの声を重ねて
共感した
そう言われたいのか
化け物は満足したかのように
悪臭を放ち椅子にもたれる
その背に
何万人もの小人が潰され
この陰鬱な詩は
土に還り
また生まれる
化け物は言う
なんて汚ならしい言葉
なんて気味の悪い声
産声でもない
声援でも歌声でもない
意味もなく空を飛んだ
核兵器だ
それはベッドの上
窓の隙間
隣家の屋根
送電線
山や海を越え
汚染していく
化け物は恍惚のみを持ち
見ている
死んだ目
羽をむしられた鳥が
虹彩の端で
ずっと羽繕いをしている
化け物は語る
それは厚く塗られた絵
何万人もの声を重ねて
わからない
何が美しいのか
化け物は満足したかのように
悪臭の中に丸くなる
その胸に
何万人もの小人が閉じ込められ
この惰性の詩は
土に還り
また生まれる
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鳥が何不自由なく飛ぶために
魚が決して溺れぬように
花が瑞々しく咲くために
犬が無邪気に駆けるために
風が行き場を失わぬように
星が居場所を守るために
手がはぐれても届く距離に
大地がそこにあるように
海が変わらずあるように
空が青い不思議のように
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2013年の春
ワンルームの部屋に夕陽が差し込む
金星からの電波を含んで
白いクロスに映えるきらきらしたものは
きっと有害なのだろう
町の音がいつもよりしおらしく
とても不安に思えたから
2011年の冬
携帯電話に1通のメールが来る
そのときはただ何を言ってるのかわからなくて
午後からの仕事のことしか頭になかった
家に帰りテレビをつけると
現実味がしなかった
怖くて仕方がなかった
1995年のある日
確かにあの一瞬
世界からはぐれた
夕暮れだけがずっと続いて
長く大きくなった影に
食べられるんじゃないかって
怖かったんだ
ひとりでいることが
2011年の春
喜ばせたかった
きれいな言葉とか
難しい理屈とか
嬉しいと思うこととか
悲しいと共感する心とか
そんなんどうだっていいと思った
理由もない
定義もない
思想もない
それでもいいと思った
2012年の冬
私は悪い人間だった
2013年の春
人間は悲しい生き物だと悟った
自分もまたそれだった
ワンルームの部屋に夕陽が差し込む
月から催促の無線
白いクロスに染みる深い青が
今日の日の私の詩です
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空のてっぺんには
いつも夜があります
明るいときにも暗いときにも
私の頭の上には
絶えず夜があります
健やかなときにも病めるときにも
気持ちの先には
やはり夜があります
優しいときにも悲しいときにも
この夜は生ぬるい風が吹き
ぼんやりとしたものが
もぞもぞと思考を徘徊し
貶したり誉めたり
駄々をこねたり従順になります
私の見る空のてっぺんには
いつまでも夜があります
晴れた日にも雨の日にも
頭の上には
きちんと夜があります
忙しいときにも穏やかなときにも
魂の天蓋には
まだ夜があります
死の淵にも生きる糧にも
この夜がとんと胡座をかき
不精な私が
"今日はどうだったか"と尋ね
笑われたり諭されたり
無口になったり饒舌になったりするのです
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月の天使は言いました
”新しい朝は来ないものか”
空が白く染まり
色を取り戻す過程に
月の天使は飽きてしまいました
彼方より来る混沌か
此方より湧く災厄か
人々の目には
ただ美しいだけの景色でした
彼は暗闇の中にいました
自己を確立するためだと言います
玉虫色のよれよれな羽
赤く染まる足
旅の過酷さを人々に話して聞かせては
幽霊のように消えてしまいます
そは虹を眺め
そは虹を見過ごす
人々の手には
掬いきれないものなのです
あなたの時間は
私と同じです
そこには厚さなどなく
密度などもなく
あなたの時間に
平行しています
あなたの言い知れぬ痛みを
私は当然知り得ないし
私の塞ぎきった心とやらを
あなたは恐らく知り得ない
そして
人々の口には
ただ我を訴えるしかできないのです
星の群れにありました
あの大きな輝きは
もっとも近い空にあると
月の天使は言いました
ノルンを欺け
底知れぬ闇こそ
我々の運命である
人々の目には
ただ美しいだけの景色でした
少女は"暖かい"と言って笑いました
紫外線の中を
踊りながら
それが世界のすべてだと
私は信じたいのでしょう
あらゆる神に祈ったところで
朝は変わらず白く染まり
色を取り戻す過程をやめないのですから
人々の命では
なんてことないことも
月の天使には
とてもさみしいことなのです
私には
あなたには
当然知り得ない心です
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静かに涙は流れます
誰の目にも平等に
心を表すのが
少し苦手な私には
ちょうどいいのでしょう
体のあちこちに
たくさん刺を生やしているから
本当はこうなんだよって
言えないのです
私は忌むべきものですから
きっとそれは当然の結果なのでしょうが
愛するあなたに与えられるものなら
死であっても
嬉しいのです
ただ静かに涙は流れます
この邪悪な目からも
心がちゃんとアラワレルなら
あなたにだけでも
見えていてくれたなら
私のこの禍々しい刺が
あなたを傷つけぬよう
それは逃げなのでしょうが
私には唯一の道だったのです
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空の色などは
それほど大事ではなかったのです
あなたを思う私の後ろ
これが詩に浮き出ているなら
本当に誰もがうっとりするでしょうね
あなたを形作る輪郭が
色ばかりではないように
詩たらしめる言葉ひとつが
あなたばかりではありません
私やあなたの後ろでひしめく
これが歌となるのなら
天高く放ち
子を思う母の気持ちで
見送りましょう
眩しさの中に
影を見つけて
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薄明かりの中に
不確かな影二つ
ひとつは毛布の中に
ひとつはそばに寄り添い
静かな時間の背中に
身を預けていました
”僕は有限です
だからあなたのそばには
ずっといられません”
”大丈夫です
私があなたのそばにいます
だから
ずっと一緒にいようね”
薄明かりの中に
不確かな影二つ
ひとつは毛布の中に
ひとつはそばに寄り添い
静かな時間の背中で
手を握っていました
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ああ
僕の涙が
月に帰っていく
きらきら
夜空に散って
一本の道に
君がそれを辿ると言うなら
僕は嬉しくて背中を押すだろう
ああ
けれど違うんだ
君を送り出すのではなく
涙をふいて
話したい
こんな夜がなくたって
君が嬉しくなる道を
僕は一緒に辿りたい