詩人:中村真生子 | [投票][編集] |
昨日まで
熱い風が吹いていた
川土手を
すーっと
涼しい風が駆け抜けていく。
「わたしらだって
いつまでも夏じゃないさ」と
つぶやきながら…。
「わかっているよ」と
ススキの葉が首を揺らす。
虫の声に混じって
だれかがこっそり
秋のページを開く音がする。
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そのパンは
小麦とバターの風味がして
耳までサクサク。
噛むほどに
素材の味わいが広がり
今更ながらに
パンのおいしさを知る。
そのパンは
作った人の人柄が偲ばれて
心までホクホク。
めったに笑顔を見せない
けれどとびっきりの
笑顔をもっているその人の…。
小麦粉とバターのように
二人が結ばれた理由が
解けていく…。
その香ばしい風味とともに…。
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「寒いね」と
窓を閉めて寝た翌朝
草むらには
ぎっしりの露の玉。
あれから
ひっそりと暮らしていた桜が
葉を風に揺らしている。
秋をはらんだ風に。
なんでもない
今を愛しむように…。
なんでもない
自分を愛しむように…。
世界に愛されていることに
気づいたもののごとく…。
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気持ちのいい朝に
ふと
湧き上がるように
やってくる
生きているという喜び。
脳というより
体の細胞の感覚。
それはきっと
自然な食べ物が
60兆個の細胞に届けてくれる
大地からの贈り物。
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稲光と
雷鳴と
山で降っているだろう
雨を通り抜けてきた
ひんやりとした風と…。
窓辺で
手を広げて
深呼吸をする。
名残の夏と
小さな秋が
胸の中にとけていく…。
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食卓で使っている椅子の
きしみや座板の浮きが気になっていた。
その椅子が今朝
「もう限界だよ〜」とつぶやいた気がした。
慌てて知り合いの
家具作家さんにきてもらう。
この椅子と
暮らし始めたのは30年ほど前。
中古品だったので
それより年はいっている。
以来、毎日のように使っていた椅子。
塗装も半ばはげ落ちている。
けれど
「塗装だけ新しくしないほうが
いいですよ」と作家さん。
そうだね
一緒に年を取ってきた証なのだから…。
悲しい心も苦しい心も
厭わず支えてくれた証なのだから…。
椅子は山の工房へと運ばれた。
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幼木は風が嫌いだった。
風は幼木を揺らし不安な気持ちにさせた。
雨と太陽は友達だった。
けれど雨が長居をすると疎ましく思い
時折、太陽のおせっかいに嫌気がさした。
幼木は少しずつ大きくなった。
春のある日、幼木は
葉を揺らす風にふと安らぎを覚えた。
長居をする雨ともおしゃべりを楽しみ
おせっかいな太陽をもやさしく迎え入れていた。
幼木はすっかり大きくなっていた。
そして友と
春にはいずる幸せを分かち
夏には長ずる楽しさを分かち
秋には実る喜びを分かち
冬には慎む尊さを分かちあった。
やがて幼木は老木となり
ある日、根元から折れてばったり倒れた。
雨は涙で清め
太陽は温もりで包み
風は弔いの歌を歌った。
友に見守られて老木は大地に還った。
生まれたばかりの幼木が
その根元で風に揺れていた。
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裏の畑から切ってきて
母が玄関に飾っていた花。
グラジオラス、アストロメリア、
百日草、シオン、パンパス…。
花を指差しながら
母と名前を言い合う。
グラジオラス、アストロメリア、
百日草、シオン、パンパス…。
名前を言い合いながら
この世の奇跡を悦び合う。
花の咲く奇跡と
今ここに
こうしている奇跡と…。