詩人:遥 カズナ | [投票][編集] |
月光が裂いた
木々の影絵の獣道
油断を欠片さえ残さぬよう
枯れ葉を宥めすかすように踏んでゆく
松ぼっくりの兄弟達
置いてきぼりの蛇の脱け殻
イタチの乾いたあばら骨
狼共の縄張りをやり過ごし
フクロウ達には会釈をする
近頃は
犬の匂いがするから
どうやら
人間が来ている
もうこの森には居られ無い
峠から臨む満月
輝く琥珀色の毛並みを
サラサラと逆撫でされて
身震いし 振り返れば
麓の谷に流れ込む風が
海の白波のように
森一帯を撫でながら
こちらへ駆け上がって来ていた
生まれ育ったこの森
寂しささえ
残せない獣道
闇に怯える
蛙や鼠の気配を求め
銀に輝く流れ星は
峠の向こうで
スッと消えた…
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三線の音よ
めくるめく世と
先祖達の鎮魂に
轟く若者達のエイサーの気勢
その魂の起源を惜しみ無く海の彼方へと解き放ち
腹を貫く
数万の太鼓の一斉の旋律よ
遠く東南アジア迄にさえ
木葉程のサバニに身を託し
恐れを汗と共に払い
家族の安住を気に掛けながら
抑え切れない好奇心に
遥か彼へ帆をたなびかせた先祖達よ
くじける事を恐れ無いひたむきさで
ひたすらに心が無垢であるように
私の魂を その眼のように御守り下さい
遠く潮騒と三線の音色…
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そこいらにある
木の葉に
私はなりたい
誰からも
何の抑揚も込められず
ただ「はっぱ」とだけ発音され
どうでも良いみたいに
風に吹きっつらされて
千切れて 掻き消されてしまいそうな青空に
涙でも 笑顔でも 怒りでも無い
爽快な緑の息吹きを
いっぱいにふりまいて
貴方の呼吸の健やかな
たしになりたい
その存在感さえ希薄なままに
この幸せと命とを引き替えにしたら
ありきたりすぎて
忘れ去られるという
自分の取り分を
慎ましく受け取り
自然のいとなみと
やわらかく握手をかわして
青臭く 青臭く 青臭い
不器用さで恥ずかしげに
うなずき
落ち葉に貴方が戸惑う頃には もう全てをまっとうして
青空に掻き消され
きれいに
きれいに
なくなっていて
しまいたい…
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「フィッシングは断じて
スポーツではない ハンティングなのだ」
つんざき 軋むタックル
「覚悟していた」
未知との接点に渾身の戦略が悲鳴をあげる
「待っていた 待っていたのだ」
両の足の平をこらえ
背筋から冷たく吸い込まれて世界の外へ吐き出されてしまいそうな気配に耐え抜く
螺旋の非常階段を全速力で駆け上がる
仕掛けを伝い
獰猛な衝撃が
尻尾を跳ねただけで猛獣だと教えてくる
けれど 糸を緩める気など微塵もない
千載一遇のチャンスにめぐり会えたのだ
旋盤機のように頑丈なリールから
嘘のようにラインは弾け出てゆく
逆巻く波の向こう
鋭く弧を描くロッドは
猟犬の眼光のような穂先を海底の獲物へ向け続ける
張り詰めたラインが潮風を掻き裂き
笛のように鳴く
全開の格闘は限界を誘い 弱音が裏口を探して
立ち上がりそうになる
一呼吸をおいたその刹那
迷う瞬間すら投げ捨て
ギアを重くおとし
全身全霊の賭けに打って出る
ひたすらに
後悔の届かない結論を追い求め 腕を振るう
レコードクラスの獲物を足元に
武者震いが膝から込み上げ 現実の歓喜が息切れの向こうから ようやく迎えに来てくれる
今夜は最愛の仲間達と
最高の獲物をさかなに
酒と釣り談義に酔いしれよう
フィッシングは
果てしのない浪漫に満ち溢れている
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廃墟となった工場跡
捨てられた
白い三匹の子犬
寄り添い合い
暖め合っていた
コンクリートの地べたの片隅
クローバーの三つ葉の
無垢な初々しさで つらなり
可愛らしく ペロペロと
凍えた指先を舐めてくれた
「三匹はとても飼えないし離ればなれにするのも
可哀想だ」
風にクローバーが揺れる
上空に連なる白い雲も
やがては 暮れなずむ
遥かな果てに掻き消え
過ぎ去るほかにない
この工場跡の景色も
もうすぐ 闇につつまれる
夜が待ち受けているなんて夢のよう
命の数だけ
死が待ち受けているなんて
嘘のよう…
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老夫婦は
ゴミ収集車に
幼い少女を乗せていた
あのメロディーが
早朝の街角で停車すると
深々と 白い息が
軍手にしっかり
ゴミ袋を掴み上げ
その汗が 誰かの汚した
いらないものを
きれいに
洗い流してゆく
そのあいだ
フロントガラスごしの少女は ガラスケースの大切な人形のようにシートに腰掛け
おとなしく 二人を
眺めていた
「少女の父さんや 母さんは今頃 彼女の為に
何をしているのだろう…」
あのメロディーが流れる
老夫婦は 早朝の街を
清々しくしていく
それは きっと
少女の為なのかもしれない
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誰しも
待っているものがあって
あてもなく
ただ 近づく予感だけが 静かに燃えていて
その期待は
いつしか 音も無く
炭化する灰のように
ポロポロとこぼれ落ち
何を待っていたのか
忘れてしまいそうな
喪失感を
上の空のふりして
カレンダーに目をやり
週末を楽しみにしながら
早く老いる事を
それとは知らずに願い
温暖化の空を燻す
二酸化炭素を
まき散らしながら
どこへ
たどり着けるわけでも無いくゆる願いは
感触も熱も持たないまま
思い出を置き去りに
立ち上るばかりだ
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道路脇へ車を止めると
夜のフロントガラスの雨は過ぎ去る ヘッドライトやテールランプを溶かし
まばゆいステンドグラスの物語は
渦巻く万華鏡の縁を零れ
さんざめく銀河の賛美歌が響きわたる
「科学でも 光の正体は 未だに解き明かされてはいないのだという…」
ため息に曇る霜をぬぐい
プリズムのスペクトルから覗く完璧な虹の悲運は
どんなにか目を凝らしても感知できぬ視覚
海の潮騒に似た
深呼吸は 繰り返し打ち寄せ
ただ遠くへと 去ってゆく
「光の正体は 宇宙の真理の核心部分なのかもしれない」
けれんみなど知らない
素敵なスピードの水しぶきに覚まされ
ようやくエンジンキーを
ゆっくりと 静かに回す
すべからく
光と
相対しながら
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モクマオウの
ごうごうと風に寝そべる
真昼の青空
ひっそりとした
滝のようなすべり台
置いてきぼりの鉄棒兄弟
ジャングルジムのエベレスト
真っ白い
真っ白な雲と帳面の端
透明に
微かに浮かぶ
骨の月
ねえ先生
忘れ物なんかよりも
この校庭のこの景色が僕には必要なんだ
だから先生
僕よりも忘れ物が大事では無いのなら
どうか叱らないでいて欲しい…
ほら先生
セミがまた
鳴きはじめたよ