ホーム > 詩人の部屋 > 遥 カズナの部屋 > 鍵

遥 カズナの部屋


[184] 
詩人:遥 カズナ [投票][編集]

自然に受け取れる
「神さまがそれを自分の分として、取り分けて下さっているはずだから」と、彼は話し
空洞化した心のその部分の形を思い巡らしていた

琥珀色の長い髪を
潮にくゆらせるように泳ぐ人魚が
珊瑚礁の片隅に挟まったガラス瓶を見つけた
彼女は
小指の爪を前歯で剥がしとると
それをガラス瓶の中へ差し入れ
血の滲む指先で
潮の流れにそっと放つ
夕暮れの
薄暗い海底の物語
彼女は誰かを待っている
おとぎ話の世界は狭すぎて
押し潰されそうになりながら
はだけた胸を抱きしめた

風が吹くたび
彼の想像の隙間を易々と時はすり抜け
その扉の向こう側への期待は揺らぎ
彼女を何の理由にもしたくなくなっていった
実際、彼の前にあるのはただ真っ黒なだけの小さな穴であり
何かをさし込もするほどしらじらしさが見てとれ
答えのある筈もない不確かなものに形を与えようとするような
ひとりよがりは
いよいよ薄れていった

狭く難解な構造を幾重にもおびているその穴に
彼は
やたらと「愛」だとか「権利」だとか「自由」だとか
そんな言葉をタバコの煙りみたいに吹き込みながら
結論を実感として噛みしめたがった

この
彼の登る鉄筋コンクリートの建物の階段は螺旋で
カゴ車を回しながら走るしか脳のないネズミのように何が分からないのかさえ分からない渦となり
それは別に悪い事では無かったから
分かる必要が無い事が最大の残酷な滑稽さで
誰も、どんな感情も持てなかった

チャリンチャリンとした
金属の音に敏感に反応すると
見れば、ひどく太った男の腰に不必要としか思えない数の鍵がぶら下がっていて
こちらが疑うのなら
満腹の腹を裂いて内蔵や下腹部でさえ切り落として見せ
血みどろにさらけ出された事への
こちらの笑顔を
さぞかし満足したがったっていた

彼も
いよいよ狂喜したかったが
全くでもなくとも
他人事をなんとも容認できるような内面になってゆく
はなはだ健やかに睡魔に襲われ眠りにつく頃
そんな程度の幸せが
鍵はいらなくなった理由としてしまわれた
その頃には
人魚はついに押し潰され
こまぎれになった肉のかけらは潮に漂う
小魚たちは
ついばみもしなかったがそれには
永遠の命がやどるのだと言う

2014/04/23 (Wed)

前頁] [遥 カズナの部屋] [次頁

- 詩人の部屋 -