詩人:丘 光平 | [投票][編集] |
この橋の
いくつもの切り傷は
研ぎ澄む夜の大きな鋏のせいだろう
そして、この湾曲は
押さえつけるものと
支えようとするものとの
せめぎあう冬だ
橋は告げた
この冷たく遠いわたしを越えたなら
あざやかな緑におおわれ
花々の狂い咲く五月はあるのだと―
揺れるあこがれが
素足になって、また歩みはじめるとき
星のない孤独者の夜は
しずかに灯ってゆく
おくれていた朝の光のように
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うなだれた手をのがれて
川にほどかれてゆく薔薇の花束
水面に散りしかれた一度きりの庭が
つめたく流れてゆく
よろこび、純潔、そして愛の色づき
身体の熱が高鳴るほどに
すこしずつ、
すこしずつその美しい想いは夢と流れてゆく
行き先をしらない旅びとの夜にも似て
そして、降りはじめた
雨の光に灯る岸辺に
時と風に傷めたその羽ばたきを
うつろに束ねる一羽の鳥
その瞳の水面に
遠く流れてゆく薔薇は
薔薇はしずかに燃えている
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生まれたばかりの花の額にも
その枯れてゆくしるしが淡く灯っている、そのように
わたしたちは始まったのだろう
ときおりわたしたちは
語り合うことばの雪片におののき、そのために
重なり合うまなざしに
まだ熱のあることを悟るのだ
そして街を、野道を、あるいは道なき道を歩みつづけて
わたしたちはわたしたちに触れる、その静けさ
その静けさのなかに
かつて思い描いていた幼いあこがれや
ただ美しさを装う嘆きの
本当の姿を垣間見る・・・・・・
たとえば、わたしたちのそばで物言わぬ一本の枯れ木
その澄み切った沈黙にこそ
彼のすべての声が
高らかに暗示されている、その慎み
そして
立ちつづけてきた彼は
じっとわたしたちに耳を澄ませて
わたしたちのひとときを
他に取り替えようの利かないこのひとときを
せめて祝福してくれるのだ
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若草の額をやさしくなぜる
風の音のうすみどりが
まだ頼りのない幹へ五月を告げる
精一杯に大きく広げた枝々に
憧れや願いごとが
つぎつぎと目覚めてゆく
幼い花嫁の晴れやかな笑みのように
そして
降り落ちる光の重さを
花の器に受け取ってはまた
そこはかとない予感が
地中の根にそっと秘められている
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白い波音はさえざえと
日ぐれの風になびいている
崖のきびしい胸元に
摘まれることのない紅の花
たがいに身をよせあい、ゆれながら
そして砂浜に
親しい友を失くしたひとのように
立ち止まるあなたの眼差し
深く染みわたる海の果てから
しずかに、
しずかに星は響いてくる
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倒れた屋根に
咲きはじめた花々
白い手を不安にひろげながら
そして、なにかが花を吹きぬけてゆく
時の角をまがる風のように
やがて
夜になるのだろう
夜はすべての祈りになる
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木は思う
私ひとり野に立ち続けるのはなぜ
華やかな枝も
金色の実も願うことなく
不器用に折れ曲がりながら木は思う
空よ、あなたが私の声に夜で応えるのはなぜ
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うつろに揺れる草むらで
風はひととき、そのつかれた翼を休めていた。
それでも風に言いたいのだ、遅れていた花々は
こんなにも私うつくしく咲いているのよと
あるものは紅潮し、またあるものは満たされた思いで。
それでも風は言いたいのだ、なぜなら彼は
その身に雪をまとい眠り始めた山脈を
やっとの思いで越えて来たのだから。
そしてひととき、遅れていた花々の華やぎ熟れる草むらで
うつろに揺れる風の心は
つかれて休めていたその翼をもの静かに広げて。
残念そうに手を振る花々を
風はひととき、振り返ってはまたきびすを返し
冬の手紙を胸に
うす紅の空を渡り流れて。
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池の傍に立ち並ぶ木々
彼らはみな黙って立っている
深い青色の水面に
降り落ちた光が
かすかな響きを立てる
水の中の庭で
木は静かに揺れている
そして何か小さなものが
くるくると遊んでいる、いつまでも―
広々とした空が
暗い金色に日暮れてゆく