詩人:番犬 | [投票][編集] |
あんたの
エンジンオイルにまみれた腕が好きだった
そうだ
好きだった
今でもそれは変わらない感情で
おそらくこれからも同じだろうよ
自動車整備があんたの仕事だった
何度か覗いた事がある
まあお世辞にも綺麗とは言えない町工場で働く姿
金属と金属の擦れる音や、FMラジオから流れる曲が響いてた
あんたは黄色のつなぎを着て、オレンジ色の安全靴を履き、大きなスパナを片手に、首に掛けてるタオルで汗を拭ってた
そして年中変わらぬ寝癖の髪型で
うちに帰れば下手くそな鼻歌
ガソリンとタイヤとオイルの匂いが漂う背中
そして笑いジワを深く刻んだ顔が、どんなに粗末でもいい
どんなにちっぽけでもいい
背負える物が在るというだけで
人生は幸福なんだと教えてくれた
だから一秒一秒、胸を張って生きていける
俺はあんたの息子だから
俺とあんたの、血脈なんだ
あんたのような父親を誇れない息子がどこにいるだろうか
父よ
あんたが俺を初めて抱いた年齢に、俺も近づきつつある
いつの日か子供が生まれても不安はない
抱き方はあんたから教わった
アゴひげの押し付け方も、遊び方もあんたが教えてくれた
そして愛し方さえも
全部
全部だ
あんたが教えてくれた
この体、心深くに静かに
なによりも強く流れる血脈
俺はいつまでもあんたの息子だ
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俺は余裕を持った人間だ
実際には自分を成長させる為には
極楽よりも苦境を選ぶべきなのだが
選択肢が存在する時点で
俺はおそらくは余裕を持った人間なのだ
余裕は成長を阻害する栄養剤
身の回りの全ての空間が
それに満たされてしまった
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一日中ターンテーブルの
灼けつく音を耳に傾けていた
朝日が夕焼けに変わるのも気づかず
心地良い空間の無重力にレコード
ケミカルと煙とパイプの煤とオールドスクール
そしてあらゆる種類の音楽の裾野
そこに立ち尽くす
ヒップホップやメロコア
グランジにヘビィロック
HR/HMにパンク
レゲエとオールディーズ
フォーク カントリー クラシック トランス
現時点で興味をくすぐるのはブルース
一本のギターと空白の凌ぎ合い
聴くというよりも見つめてる
音符の流れと時代の残り火を
何を思う訳でもなく
何を隠そうとする訳でもなく
数年も経てば古臭くなるような
そんな音や言葉に揺られながら
ただ一日中レコードから立ち上る
焦げついた臭いに人間を感じてた
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奴らの目玉を抜き取れ
奴らは決して変わらない
奴らの鼻を奪え
奴らは決して変わらない
奴らの足をもぎ取れ
奴らは決して変わらない
奴らの腕を切り落とせ
奴らは決して変わらない
奴らには最初から意味がなかった
生きていく上で必要がないからだ
利己的感情で生きてる限りは
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詩を書くのに技術はいるのか?
そんな物は知らない
技術を持っているかと問われれば
そんな物は持ってないと答える
しかし必要な物は持っていると答えよう
消しても消しても消えない炎が
ペン先に宿っているうちはな
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淀んだ深みで
ひとしずく
大気が揺れた
心の奥で
閉じ込めた多くが
嘆いては諦め
信じる先もなく
途方もない虚無感
歯を削り
すり潰した苦味
とてつもない苦味
こんな絶望があるとはな
世界よ
教えてくれてありがとう
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お前は自分を戒めているか
お前は自分を律しているか
酒を飲み
タバコを吸い
車を運転し
セックスをしてもな
自分の戒律を持たない人間は
大人を装ったただの子供だ
勘違ってくれるなよ
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新しい理論が欲しいならば
1%の勘と閃きを要する
99%の経験と知識がそれを支える
つまりは10を見て始まり1を推測する
10を見て7では所詮表面の薄皮だ
5や6を知った所で根本は覗けない
1がどんな選択肢を与えていたか
1でなにを選択したのか
これが始まりで結果とも呼べる
どんな必然を考慮に入れるか
それが知識と経験だ
判断しようがない事柄は勘と閃きに預ける
推測の人間行動学
新しい理論を知りたいなら
人間の根本を覗くがいい
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煤けた天井に薄い光
髭を蓄えたマスターは寡黙
几帳面に並べられたバックバーの酒は
おそらくは彼の生涯の財産
年代物のジュークボックスから
アーノルド・ケイモンズ
彼のサックスは涙の結晶のように
不安定な呼吸と深遠さを覗かせる
テーブルにはアイレイモルトを
注いだオールドファッション・グラス
隣にはよく見掛けるプッタネスカ
彼女の指輪は今日も眠らない
今夜分のクリスタルをポケットに忍ばせ
相手を選ぶ瞳は高級さを物語るが
ミモザを飲み干したその唇は泣いていた
赤いドレスの裾に落ちない泥の跡
それは彼女の生き様そのもの
穴の空いた俺の革靴とよく似ている
しかし交差する事はないだろう
永遠の平行線がここにある
少しばかりの会話もなければ
不必要な感情すらもない
ただ流れて消える時を
冷えたグラスの水滴に預け
沈黙の暗さを味わう
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その命は
何のために生まれた?
その手は
何を握っていたのだろう
その足は
どこに行く為に?
どこまでも高く
飛べると信じていた
手作りみたいな紙の翼で
あの遠い空までもと
たった一枚の壁が分厚い
小さな窓があるだけの
塞がれた孤児院のような一室で
わずかな光の繊維を見つめ
ずっと信じていた
泥で満たされた地上から
羽ばたく本能を奪われたはずの翼が
高く高く飛び立ちたいと
枯れた喉から
叫びにならない叫びを発し
壮絶に空を求めては
手作りみたいな紙の翼で
飛び立とうとしていた
生まれたばかりの頃は
閉じていた手の中には
一体なにを握っていたのだろう
それを知りたくて