詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
夕暮れになると海に行く
夕暮れ時の海は
まだ かろうじて
空にひっかかっている太陽に照らされ
遠くをゆく船も
その意思を無視され
逆光に姿を消す
夕暮れ時の海は
ひっきりなしにどこからか
オレンヂジュースが大量に流れ込んでいる
それだけはたしかだ
太陽の力が尽きて
空から落っこちてしまうと
イカやタコがいっせいに
やっきになって墨を吐き出す
そのおかげで 海にも夜が来る
海が墨で真っ黒に染まるのを待って
ぼくたちは 家路につく
朝はどうやって訪れるんだっけ
なんて話をしながら
ぼくたちの毎日の
ぼくたちの儀式
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笑うことを躊躇しないきみを
ぼくはいつも羨ましく見ている
ふと気づいたときには
バカ笑いってやつができなくなっていた
とはいえ
昔はしていたのか、って言うと
それすら思い出せない
ぼくの母親は
ぼくがパジャマのボタンを
自分でかけられるようになった頃には
もうすでに
笑わない人になっていた
時々ボタンをかけちがえたって
見てやしなかった
そうだ
ぼくはずっと
笑い方がわからなかった
教えてくれる人がいなかった
笑うことを忘れて過ごしてきた
きみが
つくしんぼ、って名前が面白いって
突然笑い転げたあの時まで
ぼくは
笑うことを躊躇しないきみを
いつも笑って見ている
笑うことを躊躇しないきみの
隣で
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「ありがとう」を
上手に言えない自分が
人に何かしてもらったら
「ありがとう」とちゃんと言いなさい。
と、我が子に教える
「ごめんなさい」を
素直に口に出せない自分が
悪いことしたら
「ごめんなさい」とちゃんと言いなさい。
と、我が子を叱る
親になった自分に問う日常
親になるとは こんなもんなのだろうか
そんなもんか。
そこはかとない 矛盾。
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昨日の夕やけを
ぼくが 持ち帰ってしまったので
朝起きて あわてふためいた
夕方までに 返さなければ
そう思いながらも
休日の時間の流れがぼくを誘惑する
珍しく コーヒーを豆から入れてしまったり。
ぼくだって なにも
何の思惑もなく
夕やけを持ち帰ったわけではない
だいだい色に塗りこめられた空を
見上げていたら
たしか きみがミカンを好きだったことを
ふいに思い出しちゃったんだ
そしたら つい手が伸びて
気づいたらポッケの中さ
きみは喜ぶかしらん
夕方までに間に合うように
午後一番で
きみに会いに行こう
会って見せてあげよう
だいだい色のそれを
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ただ ただ
あなたが好きでした
好きなだけの恋でした
それすら
あなたを苦しめるというのならば
もう わたしは
かたつむりになって
黙って ここから去ろう
ゆっくりと
跡をのこしながら
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きみがプリンが好きだと知り
ボールと泡だて器を用意した
すると 卵をきらしていることに気づき
悩んだ末に おもてに出た
ぼくは 公園に向かい
砂場にすわりこんだ
誰かが忘れていったプリンの空き容器に
誰かが忘れていったスコップで砂を詰める
ザクッ ザクッ ザクッ
砂場に穴ぼこを掘りながら
砂場のふちに 容器をさかさに伏せて
そっと 上にもちあげた
そのとたん
さらさらと砂がこぼれだし
それはやがて 公園をとびだし
坂の下にある川まで流れていった
砂のプリンにも失敗し
途方に暮れていたそのときに
ぼくが掘った穴ぼこから
おせっかいネズミが顔を出し 教えてくれた
きみはプリンが好きだけれど
ぼくのことは好きではないのだと
ぼくはさらさらと涙した
さらさら さらさら
涙はやがて川にたどりつき
砂と一緒に暮らすのだろう
プリンのことなんて 知らぬ顔で
さらさら さらさら と
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いま まさに
この瞬間
きみのことを考えてるのが
ぼく一人であるとしたら
それだけの理由からでも
ぼくを好きになってくれたって
いいんじゃないかな
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目の前に棒があったので
それにつかまりながら
ぐんぐんと高いところまでのぼっていったら
ぼくは 雲の上に立っていた
正確には 雲の中といえるかもしれない
なにしろ
上を見ても雲
左右をきょろきょろしても雲
下を見ても雲であった
しかしそこは
奇妙に心地よく
さっき靴を片方なくしてしまったことも
すっかり忘れてしまえた
それにしても
雲の中においては
地面が雲なのだから
いつも見ている空の上の雲というものは
存在しないのだろうか。
などと
たあいもないことを考えてるうちに
すっかり日も暮れた
一緒に遊んでいた仲間はいなくなっていて
ぼくは ひとり
ジャングルジムのてっぺんに座っていた
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欲張りになっては いけません
欲張りになっては いけません
ああ このひとの前なら
素直になれるかもしれない と
そう思えるひとに出逢えたら
そう思えるひとに 出逢えたなら
それ以上
欲張りになっては いけません
詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
自転車に乗って
ここまで 走ってきた
もう どのくらいの間 こいでいるだろう
と、いうよりも
いつから 走り始めたのかさえ
走り出した頃は
まだ ペダルも軽く
少しくらいの向かい風もへっちゃらだった
ときどき 強い風が吹いて
蛇行運転になったりはしたけれど
それでも ぼくは
周りの景色を頼りに走り続けた
よく考えたら もともと
自転車こぐのって得意じゃないんだよね
道がもっと広かったら
絶対に自転車でなんて走らなかった
途中、気の合う人たちと出会って
後ろに乗せてあげたりもしたけど
いつも 気がつくと
ぼくはまた ひとりで走っていた
いなくなる前に もっと
気を配ってやればよかった、と
長くは続かない後悔もしたりして
どのくらい 走ってきたのだろう
ペダルは今や鉛に等しくなっていた
ぼくは ようやく
ようやく ここまで来た
ここが目指していた場所というわけではない
けれど
なぜだか もう急ぐ必要はない気がした
そのくらいまでは 来たのだ と
とにかく
何か 飲み物でも買おう
ぼくは 道の端に自転車をとめた
自販機のルーレットが当たり
ぼくは コーラを2本一気飲みした
げっぷと一緒にぼくの中から
何かが出ていった
ここからは 歩いていこう
コーラの缶を捨てて
ぼくは 今度は自転車にはまたがらず
ゆっくりと 歩き出した
自転車を押しながら
歩き出したんだ