詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
退屈をにぎりしめて
おもてへ出た
そぞろ歩きのアーケード
レモンの駅のホーム
まわるバスターミナル
あと3日で実が落ちるびわの木
ドアの前についた時
にぎりしめていた退屈は
どこかに落としてきたようで
かわりにポケットで
何かざわついている
手のひらにのせると
それは
ころころと笑ったり
さめざめ泣いたりと
いそがしい
ポケットの恋に
まだ名前はない
あなたの名前をつけよう
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「水、持ってこいよ。」
シンちゃんが言ったから
公園の入り口にある水飲み場まで
バケツを片手にダッシュ
焼けた砂まみれの腕に
午後の陽射しは痛い
水飲み場につくと
犬を連れたおじさんが
足を洗っている
犬の、ではない
おじさんの、だ
この暑さじゃ散歩もやってられない
とは言わないがそんなとこだろう
突然
おじさんは蛇口を上に向け
親指でその口をおさえる
とたんに水は噴射した
ぼくももちろん、辺り一面びっしょりだ
シンちゃんが遠くでにらんでる
「虹、見えるんだぞ。」
それだけ言っておじさんは
また犬の散歩をつづけた
虹は見えなかったし
シンちゃんには遅いって怒られた
10年後、バスケ部のユニフォーム着てる
水飲み場のぼく
のとなりに気になるあの娘
の体操着姿
午後の陽射しはやさしい
ふいに蛇口を親指で押さえて
ジェット噴射!
となりのあの娘の体操着は濡れて
透けた肌を隠しながらプリプリして
走り去るきみのブラジャーのライン
に向かって叫ぶ
「虹、見えるんだぞ。」
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なにかを知るはずもないのに
海はそこにいて
呼んでいる
なにかを知るはずもないので
海はいつもそこで
呼んでいる
誰を
誰を
誰か を
きみとはどこから
どんなふうにつながってるの
白く白い
ただ白いだけの粉
の、きみは
色のない風に
足を手を額を持って行かれた
それきり
それきり
海はぐるりとつながってる、って
小さな頃から知っていたし
今も知ってる
なのにきみに遭えないでいるよ
何周したかなんて
きかないで
もっと透明をくれないか
もっともっと
透明を
透明 を
プランクトンの海では
叫んでも届かない
だってきみは白いのだし
だってきみは散り散りだから
聞こえないんだね
耳をふさぐ手さえないのに
きみを探しはじめてぼくが
気づいたことといえば
きみがどこにもいない、って
こと
それだけ
両手と両足と誰かの両手と両足と
数えきれないくらい
ぐるぐると泳ぐ間も
パークで茂りつづける
柳の樹
きみの髪にも似て
それをリーフに垂らしたまま
ぼくは待とう
やがてうとうとと
そうしてぼくは
いつしか海を忘れる
忘れて
眠ったふりをする
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けらけらと笑いあい
手をつないで
かけぬけた
日々
わたしはいつでも
ひとりでした
ほろほろと溶けて
くずれてゆく
角砂糖はキライ
シャカシャカともれる
ウォークマンの片耳
いつも「R」を貸してくれた
デパートの屋上から
音のない花火を見ながら
見送った夏
わたしはいつでも
ひとりでした
約束、のようなものは
いろんな道すがら
わたしに通せんぼをする
最後の、最後の、
砦となって
蔑んで
泣きはらし
許しあった
日々
今もなお
胸に
指の間に
首すじに
ひとりでも幸せになれたら
黄色い坂道
赤い急行列車に手をふる
青い青い夕まぐれ
やがてわたしは
ふたりでした
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じゃんけん、
負けたからぼくが去ればいいの?
きみは勝ったのにどこかにいっちゃった
そういうのって、
最初に決めとけばよかったんだ
たぶん
ケンケンパーだったら
もっとちがったのかもしれない
明日もあさっても退屈だから
カレンダーをめくろう
蝉時雨をおぶって
8月は立っていた
ビーチサンダルもう乾いたのにね
そう言うと小さく笑った
洗濯機はガタゴトと
麦わら帽を破壊している
もう大丈夫、って
思ってた
嘘なんかじゃなく、信じてる
イメージ
いつだって8月ならとびこんでくるのは
それを見ないふりをして
ぼくは
洗濯機を止める
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ねぇ、明日は海曜日だけど
どこに連れてってくれるの。
早起きじゃなきゃ、いやよ
海曜日はわたし、忙しいの。
ゴミを出して水着に着替えて
お皿を洗ってタオルを詰めて
洗濯機回して帽子をかぶって
掃除機かけてビーチサンダルを履く
あなたはその間も
ニュースペーパーをめくり
食パンの耳を残す
どこに連れてってくれるの。
ビーチサンダルが急かすから
待ち合わせはいつも
玄関のドアの向こう
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あなたは水玉のような言葉を発し
わたしをとてつもなく
自由にした
解き放たれてわたしは
見上げるべき空を見失い
夏の果て
なにもかも忘れないように
呼吸をとめて
なにもかも忘れないように
目を細める
マーブルのピロー
ラズベリーの波音
さよならペイズリー
そして、青信号の朝
窓はあけたままでいいでしょう
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「あれだけは、あたし大嫌いだから。」
ヨシ君のお母さんはダイニングで
ひよこ豆をクチャクチャやりながら
ぐにゃりと頬をゆがめた
さっきからの話の流れだと
茶飲み話の主役は蚊のようだ
あれはね、ホントあたし嫌いなのよ
パチンと両手でつぶして、
それで終わりじゃあ、ないのよ
親指と人差し指ではさんで持って
足を一本ずつ抜いてやるの
それからゴミ箱に捨てるのよ、
あたしホント大嫌いだから
ぼくとヨシ君は背を向けて
コントローラーをにぎる
両手の親指を機敏に狭い範囲で行き来させる
ライフはあと3つ
「大嫌いといえばあたしはアレね。」
2軒隣の坂口さんのおばさんはたたみかける
主役の座はどうやらゴキブリが奪取したらしい
ひよこ豆は残りすくな
あれはね、ホントあたし嫌いなのよ
夜中にカサコソって音がしておだいどこに行くと
見つけちゃってねぇ
すかさずスリッパでバシッ、よ
で、トイレに流しちゃう
あ、ケアレスミス
ぼくのライフはあと2つになった
「あたしなんて。」
その上からさらにたたみかけたのは
ぼくのお母さんだった
親指は死に物狂いだ
主役はそのままらしい
ひよこ豆はなくなった
あたしも、ホント大嫌いなのよ
あたしもね、夜中に喉がかわいて
おだいどこにおりてくると、たまにカサカサ音がして
そうしてたいてい見つけちゃうの
で、あたしもスリッパでバシッ、よ
親指はもはや惰性で上下左右
ひよこ豆は消化される
でね、その死骸を持って庭に出るの
どんなに真夜中でもよ
でね、マッチで火をつけて、焼くのよ
そうしないと気がすまないの、ふふふ
体から炎が出た
親指はちぎれてなくなった
ぼくのライフは、あと1つ
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夜半の網戸に
数回、アブラゼミは体当たりをし
ジジジッと最期を知らせた
アブラゼミも網戸もぼくも
誰も悪くはないよ
かなしみは今、どこらへん?
いつかの記念日の時計
いつかの8時を告げたまま
それが朝でも
それが夜でも
ぼくは多分ひとりだったろう
かなしみは今、どこらへん?
シャツが濡れている
肩と、ひじと、背中と
思いもかけないことって、ある
夕立ならよかった
ただの雨粒だったなら
かなしみは今、どこらへん?
目を閉じる砂の上
もうじき、花火があがったら
照らされてしまう
後ろ手に隠していたものも
ぜんぶ ぜんぶ
そうしてそこが
かなしみは今、どこらへん?
終点ならば、泣いてもいいよ。
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いつからか部屋は
水槽、で
ガラス越しに燃えている
赤、また、赤
近寄るとそれは窓で、
背伸びしたそのとき
窓枠は壊れ
緑色、流れて、
流れて、
緑色をのぞきこむもの
も、また、緑色
打上花火の終わりにも、似て
通り過ぎる東風は
水鏡に映さず
ただ、叩いてゆく
弱く、叩いて、
極めて、
弱く、叩いて、
もっと、もっと、
箱は揺れる
赤、また、赤
入れたものは、わたし
箱の外側に刻む、
コトバ、
コトバ、を探して、
水の上をすべる
水面を揺らす、手、
とうめいな、手、
極めて、
弱く、弱く、
コトバはいつも
後ろに流れて、逝く
聞き返す、
聞き返す、
こたえても、もう遅い
過ぎ去ってしまった時間
流れてゆく、赤、
還らない、
還らない、
窓枠の、内側